101 呼ばない月▽side:総司
(暇、だなぁ)
暖をとる為に、火鉢の近くに寝転んでぼんやりする。
ちょうど巡察から帰ってきたのか、遠くの方から隊士たちの話し声が聞こえてきた。
一仕事終えた楽しげな声が恨めしい。
あーあ。僕も巡察、行きたかったなぁ。
寒いのは好きではないけれど、ごろごろ退屈しているよりはマシだ。
外を歩けば気分転換にもなるし。
こんな狭い部屋に閉じ込められたんじゃ気が滅入って仕方ないよ。
病は気から、とも言うのにね。
土方さんの部屋から豊玉発句集でも取ってこようかな。
もう何度も読み返した下手くそな句集に思いを馳せる。
うーん、今日はそんな気分じゃないからいいや。
それに、伊東さんがいなくてふにゃけた土方さんを相手にしたって、いまいち歯応えがなくてつまらないし。
居たら居たで厄介だけど、居なければ居ないで調子が狂うなぁ……
慇懃無礼に言葉を操る、細面の彼の人を思うとため息が出た。
――長州征伐の勅許を得た家茂公が、訊問使として永井主水正尚志を派遣した。
それにに随行すべく、近藤さんや伊東さんを始めとする幾人かが西方に出向いて、もうひと月半になる。
このところ、市中もそれなりに落ちついていて、毎日のように小競り合いはあっても、一時期の緊迫した様子はなかった。
二、三日前に隊士がなにやらやらかしたとは聞いていたけど、まぁ、それ以外は屯所の中もしばらくは静かで。
伊東さんの高笑いが聞こえない日々が続いて、心なしか土方さんが怒鳴り散らす回数が減った気もする。
近藤さんが居ないのは落ちつかないけど、鬼の副長が態度を軟化させるほどに、屯所内は至って穏やかだった。
(……暇)
もう一度、心の中でそう呟いてみる。
何日か前から、微熱のせいで眠れない夜が続いていたから、ずっと部屋でごろごろしていた。
させられていた、という方が正しいんだけど。
いつもならさっさと抜け出すけれど、今回は千鶴ちゃんという監視役付き。
いつものように布団から抜け出そうとしたら、沖田さんに何かあったら私が土方さんに叱られてしまいますーだなんて瞳を潤ませて懇願されるものだから、なかなかそれを無碍にすることも出来ない。
それを分かってて、千鶴ちゃんを監視に付けるんだから、土方さんも相当性格悪いよね。
お陰で、この数日間は自由がなくて、本当に拷問のようだった。
寝っ転がっているだけっていうのも、それはそれで結構消耗する。
おまけに、夜になれば冬なのにひどく汗をかくから、気持ち悪いったらない。
熱で火照る身体を冷ましたくて、毎晩のようにうっすらと障子を開けて、徐々に太っていく月を眺めていた。
だから、満月を見逃すことはないと思ってたんだ。
(どう見たって今夜が満月、なんだけどなぁ)
東の空からゆるゆると昇り始めた丸い月は、一向に僕をあちらの時代へと誘ってはくれそうにない。
月まで僕に意地悪しようっていうの。
退屈を持て余して、恨めしく空を見上げる。
以前、美緒ちゃんが『晴れじゃない日は時渡り出来ないのかも』そんなことをぽつりと呟いていたけれど、どうやらその考察はハズレみたいだ。
今夜は雲ひとつない空で、どう見たって晴れ。
これから雨や雪の降る気配もない。
じゃあ、時渡りの起こる条件って何だろう。
ふわり、大きく欠伸をしながら、そんなことを考える。
もしかしたら、僕があちらに引っ張られるのは、必ずしも月のせいだけじゃないのかもしれない。
(ま、どうでもいいけどね)
ふわりとまたひとつ欠伸をしてから、僕は退屈をしのげるものを探すべく部屋を出た。
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