100 blue moon▼side:美緒
『今夜はブルームーンが見られるってご存知ですかー?』
時計代わりに点けているテレビから、元気のいい声が私に問いかける。
ブルームーン……月が青い、ってこと?
私と同じ事を考えたのか、コメンテーターの一人が月の色の話に言及する。
けれど、話題を振った気象予報士はにこにこ愛想のいい笑顔で首を振った。
『いえいえ、そういう訳じゃないんです』
ブルームーンはひと月に二度、満月が巡ってくることを指す言葉で――
言葉の語源を簡単に説明する予報士の背後には、綺麗な青っぽい月が浮かんでいる画像。
空気の綺麗な場所で撮影されたのか、輪郭が恐ろしくくっきりしていて、この辺で見られるものとは少し違う。
じわじわとごくゆっくりしたスピードで望朔を繰り返す月の画像は、目を惹きつけて離さない何かがあった。
時間が時間だってのに、“満月”というキーワードに思わず反応してしまい、テレビに齧り付く。
満月って月に一度見れるものだよね?
それがひと月に二度巡ってくるの?なんで?
そんな私の疑問に応えるように、予報士が解説する。
すなわち、月が満ち欠けする周期は約30日で、だから、数年に一度の確率で月初と月末に満月がくる、ブルームーンが見られる、と、そういうことらしかった。
『今年は特に珍しくて、今月と三月の二回、そのブルームーンが見られます』
ぱっと移り変わった画面には、先三ヶ月分のカレンダーと、月の望朔。
確かに、一月と三月には二度、満月を表す白く丸い月のマークが描かれていて――逆に、二月に満月は訪れないことが示されていた。
『ただ残念ながら、今日は全国的に天気が下り坂となりますので、傘を持ってお出掛け下さい。では、各地のお天気をお届けします――……』
雨、か。
その言葉で、なんだか肩すかしを喰らったような脱力感を味わう。
今夜は満月、そのアナウンスを耳にして、総司が来ると刹那心躍ったのに。
いや、躍ってない躍ってない。
うんざりしたの間違いだった。
それにしても、雨――ねぇ。
ていうかさ。
雨になるなら、ブルームーンだとか、そういう期待させるような話題振らないで欲しいんだけど。
いや、だから期待なんてしてないんだけど。
全っ然してないんだけど。
恨みがましく睨めつける画面の中では、予報士が爽やかな口調で予報を読み上げている。
北から南まで、主要な都市の予報を終えて、にっこり笑顔がアップになったと思ったら、愛らしい唇が、衝撃的なことを口走った。
『間もなく七時十五分です。今日も元気に、いってらっしゃい!』
「……は?」
たりらりららーん!
テレビから流れる、軽やかな音楽に私の脳内は停止する。
しちじ、じゅうご……ふん?
「やっばい、電車!」
乱暴にテレビのリモコンを叩いて立ち上がる。
がつんとローテーブルに小指をぶつけて、脳が痺れるような痛みを覚えたけれど、立ち止まって悶絶している時間はない。
乗り遅れたら確実に遅刻だ!
ぐおおおおおお、なんて地の底から響くようなうめき声をあげながら玄関に向かった。
すでにぐずつき始めている鈍色の空を眺めてうんざりしながら、久しぶりに駅まで走った――傘を持ち忘れたことに気付かないまま。
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