みかんに、煎餅に、餅に、お雑煮に、おせち料理に。
にこにこと笑みを絶やさないおじさんは次から次へと食べ物を運んでくる。
ていうか、なんか、どんどん重いものになってきてるんだけど。
ちょっと間食、じゃなくて、こたつの上はもうすっかり〈食事〉の体を成していた。
「ほらほら、飲め飲め」
いつの間に持ってきたのか、おばさんの手の中には一升瓶がふたつ。
「あ、ちょっと。総司はダメ」
「どうして?いいじゃない」
「ダメだっての!ええっと……そう!こいつ、未成年だから」
「いやいや、どう見たって大人でしょ」
「おと……大人に見えるのは図体がでかいからだ!」
頭の中身なんて、子供そのもの!バカそのもの!
そんな失礼なことを力説する美緒ちゃんを無視しておばさんは栓を開ける。
「キミ、飲めるでしょ?」
そう問われて頷けば、きゃらきゃら笑いながら、そんな顔してる、だなんて言われる。
どんな顔なんだろう。
ぺたり、両手で自分の頬を触ってみるけれど、よく分からない。
「ほら、鍋が出来たよ」
いつの間にか居なくなったと思ったら、ほかほかと湯気をあげる鍋を持ったおじさんが戻ってくる。
ていうか、まだ食べる気なの?
一体この家族はどれだけ食べたら気が済むのさ。
さっきからお愛想程度にしか箸を伸ばしてこなかった僕でさえ、胃が痛くなりそうなくらいなのに――底知れない食欲に、くらり、眩暈がした。
「あれ、総司くん」
鍋は嫌いかい?
僕の顔色を見て、美緒ちゃんの“とうさん”は困ったように眉尻を下げる。
その控えめな表情とは裏腹に、半ば強制的に箸と器を押しつけてくる。
ああ、やっぱりこの父ありにしてこの子ありだ。
美緒ちゃんの頑固で押しの強いところなんかは父親譲りなんだな。
無言の押し付け合いを繰り広げた後、固辞出来ないことを悟って仕方なく受け入れる。
僕の手元に箸と器がしっかりとおさまったことを確認すると、おじさんはにっこり微笑んで鍋の蓋を開けた。
もわり。
味噌の匂いと一緒に真っ白い湯気が視界を覆う。
――と。
その蒸気を吸い込んで、僕はむせ返った。
げほ、ごほ。
暖かい湿った空気は優しく、でも確実に胸を刺激する。
「総司っ!」
慌てて駆け寄ってきた美緒ちゃんの姿を確認する余裕もなく咳き込む。
鳩尾がぎしぎしと軋む。
無理に空気を吐き出そうとするから、背中がひどく痛んだ。
湯気がおさまるのはすぐだったけど、僕の咳は治まらない。
咳き込む衝撃で脳がぐらぐら揺れる。
耳鳴りがひどくて、僕を呼ぶ美緒ちゃんの声すら少し遠ざかった。
心配そうな手が背中をそうっと撫でてくれたけど、それでも、咳が止まるのに少し時間がかかった。
ようやくまともに酸素を取り込めるようになって、深く呼吸するよう注意しながら身体に空気を送り込む。
きぃぃぃん、と微かな耳鳴りが少しずつ遠のいていって、そしてようやく周囲の音が戻ってきた。
「だ、だい「大丈夫だから」
訊ねた美緒ちゃんの顔色の方がよっぽど大丈夫じゃなくて。
口元を押さえていた掌に紅色がないことを確認してから、そっと彼女の腕を振りほどいた。
「美緒ちゃん……顔真っ青」
僕が死んじゃうとでも思ったの?
からかうようにそう笑えば、うるさいだなんて睨まれる。
泣いてるような、怒ってるような、曖昧な表情。
そろそろ慣れてよね、いつものことなんだから。
毎回毎回そんな苦しそうな顔されたら、なんだか居心地が悪いよ。
青ざめた顔から僅かに視線を逸らせば、今度は彼女の肩越しにおばさんと目が合った。
違う、それは語弊がある。
びっくりするくらい真剣なその目は、僕を見ているようで、僕を通り越していた。
まるで僕の向こう側にあるどこか遠くを見透かそうとしている、そんな目だった。
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