真っ暗な部屋で、そっと息をひそめているのは、なんだか子供の頃やったかくれんぼを思い出す。
どき、どき、どき。
さっきまで苛々していたのが嘘みたいに心は凪いでいて、代わりに心臓の音がやけに耳につく。
別に、私たちを探している鬼なんていないのに、なぜだか鼓動が少し速い。
微かに分かる息遣いで、総司がすぐ近くに居ることが分かる。
それを意識した瞬間、余計に鼓動が速くなった。
総司にドキドキしてる?
まさか、なんで。
そんな下らない妄想を鼻で笑い飛ばす。
それにしても、なんでさっきはあんなにむかむかしたんだろう。
別に、かあさんと総司が楽しそうに笑ってただけなのにさ。
うーん、と考え出してもきりがない。
それでもなんだか気になって考えてしまう。
「……」
静かな空間。
とうさんたちは居間に移動したのか、遠くからテレビの音が聞こえてくる。
それは正月特有のどこかのんびりした空気を醸し出していた。
視界が闇に閉ざされていると、時間感覚も少し狂うのか、ついさっきこの部屋に飛び込んだような、もうずっとここに居るような、おかしな感じだった。
この沈黙が永久に続く、そんな錯覚に陥りそうになる。
けれど、そんな終わるとも知れない沈黙を破ったのは総司の方だった。
多分、この妙な空気に飽きたんだろう。
気まずかった、とか、そういう可愛いことを言うような奴じゃない。
こいつに人間らしい感情はあるのか、と、時々そんなことを思う。
純粋というか、本能の赴くままというか。
そういった意味ではごくごく人間らしいんだろうけど。
いや、それこそ動物的――って言うのかこの場合?
総司の行動原理は、基本、面白いか面白くないか、保護者である近藤さんのメリットになるかならないか、ただそれだけな気がする。
分かりやすい。
分かりやすいが故に、理解出来ない。
いい大人なんだから空気読むとかさ、しようよ。
あんたは空気読まなさ過ぎだよ、ほんと。
そんな空気を読まない本能全開男は、何の脈絡もなしに部屋の明かりを点けた。
心構えをしていなかったものだから、明る過ぎる光に一瞬視界が奪われる。
「ぎゃ」
到底、女子らしくない声を上げて反射的に光から目を守ろうとした私の腕を取って、総司はその掌の中に何か冷たいものを押しつけた。
手、押さえんな。
まぶしいんだっつの。
何の拷問だ、コラ。
鬼畜とはあんたのことを言うんだ、絶対。
ああ、もう、ちくしょう。
眩しくて目が痛い。
電気点けるなら点けるって、一声かけてくれたっていいじゃないか。
ぷんすかと腹を立てる私に、総司は「これ」と冷たいものを更にぎゅっと握らせる。
それにしても冷たいな。
何だこれ。
「全然使えなかったんだけど」
やや憮然とした声が指すものを見下ろせば、私の掌に押しつけられているデジカメ。
ああ、そういや貸したっけ。
しかも、ほとんど充電が出来てない状態で。
「うん、ごめん」
全然悪いとは思ってないけど、取り敢えず口先だけで謝っておく。
謝りながら受け取ったカメラの、ざらりとした不思議な触感に首を傾げた。
ん?あれ?
なんだこのザラザラ感。
もっとこう、金属特有のさらさらつるつるした手触りじゃなかったっけ、デジカメって。
でも、これ、うん、冷たさは金属だ。
間違いなく長年使ってきた手に馴染んだデジカメの冷たさだ。
形も重さも冷たさも、私のデジカメだ。
でもこのザラザラはなんだ?
こんなんじゃなかった。
断じてこんなんじゃなかった。
え、なにこれ。
ざらざらってか、ごりごりってか、なんか変なんだけど。
触感の悪さの正体を見極めようとカメラを裏返して、そのまま凍りついた。
「なんっ……じゃ、こりゃ……」
電池と、メモリー周辺がボロッボロだった。
それはまるで、鋭利な物で削ろうとしたような、そんな感じ。
「あんた、これ……何した?」
「ああ、それ?なんだか立て付けが悪かったからちょっと削ってみたんだ」
削っ……
恐る恐る電池とメモリーを抜き出してみた。
こいつらは無事。
いや。
いやいやいや。
両方とも、突起が一つもない。
プラスチックの凹凸がきっちり容赦なく削り取られていた。
金属端子も剥げかけてて怪しい。
カメラ本体の方がもっと悲惨で、なんていうかこう――何かひどく硬いものを突っ込んでぐりぐりした感じ?
「あ、ご名答」
ご名答――じゃないし!
カメラが!っていうか、友里の結婚式を始め、数年分の画像データが!
これ、もう修復不可能なんじゃないかなぁ……
ていうか、修復不可能だよね。
絶対ね!
奇跡が起こらない限りね!
ああもうどちくしょう!
「総司、この大馬鹿ものが!」
「馬鹿って言うなら美緒ちゃんの方が馬鹿でしょ」
自慢げに使えない物渡してきてさ。
そんな言葉にはぐうの音も出ない。
そ……れは、そうだけど。
充分に充電もせずに渡した私が悪い、んだけど。
でもそれでもひどくない!?
私が失ったのは取り戻せない過去なんだから!
あああ。
がっくりうなだれた私に、総司は満面の笑みを返してきた。
……いい笑顔をありがとうよ。
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