096 元日▼side:美緒
ありがとうございました!
店員さんの元気な声に見送られて、自動ドアの前に立つ。
鈍い音と共に硝子扉が開いた瞬間、真正面から冷たい北風が吹きつけてきて、私は思わず首をすくめた。
温かいコンビニの中ですっかり温もっていた身体が寒風にさらされて、容赦なく熱を奪っていく。
マフラーの隙間から、袖口から、忍び込んでくる冷気に、コンビニに行きたいだなんて言い出した数十分前の自分を責めたくなる。
どうして家を出る前に気付かなかったんだ。
外はこんなに寒いって、そんなの分かり切ったことなのに。
がさり、白いビニール袋の中身が音を立てたから、余計に憂鬱な気分になる。
何が悲しくて、元旦からクソ寒い中アイスなんかを買いに出ちゃったんだろう。
「……アイスなんて要らないから今すぐ炬燵に戻りたい」
ぼそりとそう吐き出すと、隣を歩いていたとうさんが苦笑する。
「だから『寒いよ?』って言っただろう」
そんなこと分かってる、の意味を込めて、微苦笑するとうさんを恨めしく見上げる。
だって、部屋ん中は暑かったんだもん。
暖房はがんがん効いてるし、お雑煮にお鍋にってほこほこ湯気をあげる料理ばっかり出てくるし、お酒で身体は温まってるし。
冷たいものが欲しくなったって仕方ないじゃないか。
ていうか、お鍋の後のアイスって、一種のお約束事みたいなもんでしょ?
買い忘れるのが悪い!
……って、買い出しに行ったのも私か。
「あーさむっ」
小さく身震いしてマフラーに顔を埋める。
ほらもう少しだから頑張って、なんて私を励ますとうさんが少し歩調を速めた。
相変わらずの子供扱いだよなぁ。
今度は私が苦笑する。
街灯に照らされて、足元から伸びたふたつの影がくるりくるりと躍る。
ああ、昔もよくこうやってこの道をとうさんと歩いたっけな。
それは、とうさんかあさんが渡米するまでのほんの僅かな期間だったけど、帰りの遅いかあさんをよく迎えに行ったものだった。
玄関を開ければ夕飯のいい匂いと、ばあちゃんの元気な声が迎えてくれて――
懐かしいな。
そんな他愛もないことを考えながら夜空を見上げた。
すっきり晴れ渡った冬の空にはオリオン座と――円い月。
ん、あれ?もうそんな頃?
どきりと心臓が跳ねる。
――総司が来る。
とおさんとかあさんはまだしばらく日本に居るって言ってた。
でも、今日か明日には総司が来る。
ええ、やだ、面倒臭い。
三人が顔を合わせると色々面倒臭いことになりそうだった。
唐突に部屋に現れる着物姿の男をどう説明するべきか。
もし、あの、ホラーな感じにじわじわと部屋に姿を現すところを見られたら?
……ああ、うちの両親のことだから、普通に順応しそうだな。
「はじめまして」「いつも美緒がお世話になってます」「どうもどうも」ってな感じで。
何のコントだよ、それ。
そして、フリーダムなかあさんとフリーダムな総司はあれで意外と波長が合いそうだ。
いや。
いやいやいや。
フリーダムとフリーダムを掛け合わせてみろ、大嵐になるだろ。
それは避けたい。
ごくごく平穏に正月休みを過ごしたい。
兎に角、早く帰って対策を練らねば。
かあさんと総司が顔を合わせることだけは阻止せねば。
困惑するとうさんの声を無視して、遠くに見えてきた玄関を目指して走り出す。
「ただいま!」
玄関に飛び込んで帰宅を告げた私の声に返事はなくて、そのかわり、奥から楽しげに談笑する声が聞こえてきた。
――あああ、遅かった……。
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