望月の訪問者 | ナノ

092 魂胆


▼side:美緒


『今年は久しぶりに日本に帰るから!』


かあさんからそんな電話がかかってきたのがついさっきのこと。

いや、それは別にいい。

問題ない。

色々と破綻している人だけれども、かあさんのことは嫌いじゃない。

というか、結構好きだ。

まぁ、自分の親だと思わなければ、という注釈がつくけれども。

だって、親だという事実を受け入れるには破綻し過ぎているんだ、あの自由人は。

親である以前に、大人であることを疑いたい。

常識の斜め上をいく人なんだよね、どうにも。

いや、この際それは置いといて。

数年ぶりに、両親と会えるのは正直嬉しい。

だから、二人が年末に帰ってくるという報せは、比較的嬉しいものだった。


けど。


『そろそろかあさんの新しい写真が欲しいのよ!良さそうなのを何枚か見繕っておいてほしいなー』


その一言が問題だった。

かあさんの言う“かあさん”は、即ちばあちゃんのことで。

うちにある、ばあちゃんの写真を探し出しておくことが年末までに私に課せられた任務だった。

このクソ忙しい時期に。

それでも、約束を反故にしたら、かあさんが大人げなく拗ねるのは分かり切っていたから、渋々と押し入れの中の段ボールを引っ張り出してきた。

何が何でも今日中に探し出してやる。

それ以上の時間は掛けない。

そう、心に誓って。

それにしても。


(一体どれだけ撮り溜めしてるんだか)


既に硬く凝り始めた肩をぽりぽりと鳴らして、目の前に広がる惨状に嘆息する。

家庭的とはかけ離れたかあさんの、唯一、辛うじて家庭的といえる側面は、家族の写真を撮ることが大好きで、撮った写真を飾ることが大好きだということだった。

ただ、その過程に存在する“写真を整理する”という作業にはどうにも興味が湧かないようで、押し入れの中に点在する段ボールには、数千枚の写真がぐちゃぐちゃに放り込まれている。

私も整理整頓はさほど得意な方ではない。

自分の身の回りだけで手一杯なのに、かあさんがとっ散らかしていった写真の整理にまではなかなか手が回らなかった。

そのツケがまぁ、今回ってきてるんだけど。

ツケっていうか、なんというかーーあああ、もう。


(ちょっと休憩)


台所までお湯を沸かしに行くのは面倒で寒いからと、節電なんて言葉は聞こえない振りでついに導入してしまった電気湯沸し器の残湯量をチェックしてからマグカップにティーパックを落とし、湯を注ぐ。

背骨を伸ばしながら、少し開いたカーテンの隙間から冴え冴えと光る円い月を見上げた。


(総司の奴、早く来ないかなー)


さっきかあさんからの電話を受けて、すぐさま慌てて写真の整理を始めたのは、総司に手伝わそうという目論見からだった。

この前は睡眠時間をきちんと取れとお説教したんだけど。

ていうか、布団まで敷いて準備万端で、せめてこちらに居る間だけでも規則正しい生活を送らせようと思っていたんだけど。

――拒否された。

曰く、


「ここに来ることはあらかじめ分かってるんだから、昼寝しているのは当然でしょ?」


だそうだ。

まぁ、道理だ。

私だって、仕事から帰ってきて、余裕があれば総司が来るまでに数時間は仮眠を取っている訳だし。

あちらも同じ事を考えて、同じように対策を講じていたらしい。

言われてみれば、いつだってここに来る総司はぴんぴんしていて、徹夜した日特有の明け方の気だるさなんて一向に感じさせなかった。

あいつ、昼間に相当寝てやがるな。羨ましい。

そういう訳で、ここで眠るつもりのないらしいあいつに睡眠を強要することは諦めた。

ネットで拾った治療の手引き、みたいな冊子には「規則正しい生活を」と明記されていたけれど――月に一度くらいいいだろう、多分。

まだ若いんだし。

今のところ体力もあるようだし。

それに不本意だけれど、月に一度、あいつが来るのをほんの少しだけ楽しみにしている節もあるから、そういう心遣いは、なんというか、まぁ、悪かない、と思う。

別に、尻尾振って喜ぶほど嬉しいとは思ってない。

ただ、ちょっとだけ、ほんのちょこーっとだけ、そうやって一緒に過ごす時間を確保してくれるのが嬉しいかなー……なんて。

いや。

いやいやいや。

なに乙女みたいなこと言ってんだ。

相手は総司だぞ?

あーないないない。

違う違う。

今のはナシ!

この前の「好きだ」って言葉にどきりとしたのも気のせいだ。

不整脈。

あれはただの不整脈だったに違いない。

そうだそうだ。

それ意外に何があるってんだ。

だから、そう、あるものは使えって魂胆で。

人手が欲しいから手伝わせてやろうって魂胆だった。


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