088 『まさか』▼side:美緒
腰から草鞋だか草履だかを入れたビニール袋を提げる総司は、底抜けにカッコ悪かった。
顔もスタイルもいいものだから、そのちぐはぐさといったらない。
見れば見る程に笑いが込み上げてきて、酸素不足で倒れるんじゃないかってくらい笑わせてもらった。
訳も分からず笑われて、総司がちょっと怒ってる――を通り越して呆れているのは気付いていたけれど、止まらないものは止まらない。
ひぃひぃと喘ぎながら笑い続けた。
だから、天罰が下ったんだと思う。
出し抜けに伸びてきた大きな手。
そのひんやりとした感触は上気した頬にとても気持ち良かった、けれど。
「手……」
「ん?」
にっこり微笑んだ総司が、こてんと小さく小首を傾げる。
可愛い。
可愛いよ、その仕草。
でも、その微笑が悪魔的に歪んで見えるのは私の気のせいでしょうか。
「手、洗ってるよね?」
「まさか」
おどけたように肩をすくめる姿に、びりりと全身が総毛立った。
『まさか』
それは、『まさか、トイレ行った後に手を洗わないなんて、そんな汚いことを僕がすると思う?』っていう、そういう『まさか』だよね。
そう、だよね。
『まさか、トイレに行った後に手を洗うなんて、そんな面倒臭いこと僕がすると思う?』っていう、そういう『まさか』じゃないよね。
私は信じてる。
総司くんを信じてるよ。
「ど、どういう意味の【まさか】かなぁ……?」
「ん?」
分かんない?
そう言いたげな翡翠色が、きらきらと照明の光を集めて輝いた。
「まさか厠に行った後手を洗うなんて、そんな面倒臭いこと僕がすると思う?」
「離せえええええ!」
「あはははははは」
頬に添えられた手を払いのけようと挙げた左手を掴まれて、ぎゅっと引き寄せられる。
そのまま片腕で私の身体を閉じ込めた総司は、ゆっくりとした手つきで私の頭を撫で始めた。
ゆっくりとした手つきで。
ねっとりとした手つきで。
“何か”を擦り付けるような手つきで。
154/194