087 手洗い▽side:総司
「ちょ、なんで今日に限って履き物とか履いてんの!」
ふた月ぶりに会った美緒ちゃんの一言目はそれだった。
ようこそいらっしゃい、なんていう歓迎の言葉を期待していた訳じゃないから別にいいんだけど、何か面白くない。
「仕方ないでしょ。今、厠から出たばかりなんだから」
何?君んちに来るからって、僕は厠も我慢しなきゃいけないの?
微かな棘を含ませた僕の言葉に、美緒ちゃんは目を丸く見開いたまま唇をわななかせた。
「さ、散々トイレを歩き回ったその足で……」
「といれって?厠のこと?」
質問には答えず、美緒ちゃんはぎゅうぎゅうと僕の身体を押す。
「下りろ!今すぐ布団から下りろ!ていうか、ちゃんと手を洗ったんでしょうね!?」
「……あ、ねぇこれ「はぐらかすな!」
自分は答えてくれなかったくせに、ものすごく勝手な言い分だよね。
布団の上から退きながら、机の上に無造作に置かれた紙に手を伸ばす。
「ぎゃあああ!触るな!何も触ってくれるな!」
「何?僕が汚いとでも言うの」
「普通に汚いでしょうが!」
取り敢えず座れ!そして脱げ!
そんなことを言いながら、美緒ちゃんはきゅるきゅると椅子を引っ張って来る。
半ば強制的にそこへ座らされた。
「触らないでよ?肘掛には絶対触らないで」
「ああもう、うるさいなぁ」
分かってるよ、なんて口答えしながらも、流石に土足で部屋を歩き回るのは気が引けたので、渋々と草鞋の紐を解く。
さて、脱いだのはいいけど、どこに置いておこうかな。
きょろきょろと部屋の中を見渡す。
沓脱石のところへ出しておけばいいんだけど、屯所に戻るのはいつも突然だから、置いていってしまうのも面倒だ。
「はい、ここに入れて」
まるで僕の心の中を読んだみたいに、美緒ちゃんがどこかから出してきた白っぽい袋の口を広げてくれる。
言われるがままに草鞋を入れれば、袋の口から伸びる持ち手を僕の帯に括り付け始めた。
「これで忘れていかないでしょ」
「ああ、うんありが……何さ、その顔」
「え。ど、どのか」
最後まで言い切れずに美緒ちゃんはけたけたと笑い始めた。
なんで笑ってるのかは分からないけれど、僕をちらりと見ては一層笑い声を大きくするから、僕を笑ってるってことだけはよく分かる。
何なのかな、今日の態度。
もしかして僕に喧嘩売ってるのかな。
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