086 取り敢えず、▼side:美緒
『お仕事帰りに!』
可愛らしい文字ででかでかとそう書かれた歯科医院のホームページに、またひとつため息を落とす。
総司が何者か。そんな説明はどうとでもなる、後回しでいい。
結局、開き直ることにした。
疑われようが、信じてもらえなかろうが、時代を飛び越え総司がここに居る、それは違え様のない事実。
そんなことで悶々と悩むよりも、兎に角、遅い時間でも診察してくれる病院を探さなきゃ。
そう思ったのが先月のこと。
けれど、ひとつ見通しが立てば、またひとつ問題が叩き出されるらしい――というのも、何故だか夜間受付があるのは片っ端から歯科ばかりだった。
身体の調子が悪いなら、仕事を休んで病院に行けってか。
そりゃ道理だ。
でも休めない場合だってある。
まだ大丈夫、まだ大丈夫と働き続けて倒れる人、きっと居るんだろうな。
忙しい現代社会。コンビニだって24時間なんだから、病院だって24時間にすればいいのに。
そんな無茶苦茶を考える。
まぁ、考えても栓無いことだ。
取り敢えず、現状では打つ手がないから、対処療法を取ることにした。
ま、言ってしまえば生活指導ってこと。
効果があるかないかは分からないけど、やらないよりマシでしょう。
部屋のど真ん中に敷いた来客用の布団を見下ろしながら、うんうんと一人で頷く。
取り敢えず、病人に必要なのは栄養と静養。
夜更かしなんて以ての外。
一先ず総司には寝てもらうことにした。
生意気なあいつのことだから、枕が違うから眠れないとか、そういう我が儘を言って大人しく寝てくれそうにない気もしたけれど、もう寝かす。
殴って昏倒させてでも寝かす。
久しぶりに拳が唸るぜぇ、なんて武闘派な思考を展開していたら、目の前の空間がぐにゃりと歪んで人の形を成し始めた。
ああ、来た来た。
うん、きっちり布団の上だね。
現れたところを訳も分からないままに寝床へ押し込んでやろうと思っていたから、これまでを思い返して、総司が現れるであろう場所に布団を敷いた。
うん、二時間もかけてシュミレーションしながら布団の位置を考えただけある。
計算はばっちりだった。
したり顔でその歪みが完全な人型になるのを待つ。
やばい、余りにも華麗に思惑通りで顔がニヤける。
またニヤケ顔が気持ち悪いとか言われるのかな。
言われるだろうな。
でもまぁいいや。
仕事の完成度の高さをニヤニヤしながら眺めて何が悪――……げ。
私の瞳がもう随分と総司になっている人型の“ある部分”を見止た瞬間、緩んでいた私の顔は一気に硬くなった。
(ちょ、ちょっとちょっとちょっと!)
見間違いであってほしい。
見間違いであってくれ。
そんな願いも空しく、それは次第に実体へと変化していく。
慌てて布団をどかそうとした、けれどもう遅い。
「やあ美緒ちゃん、久しぶり」
にこやかにそう言った彼は、土足のまま布団の上に立っていた。
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