キロキロと唐突に鳴り始めた電子音に私の肩は跳ねる。
傍らに放りっぱなしにしていた携帯を取り上げれば、そこに表示されるのは亜矢の名前。
ひとつ深呼吸をしてから、そっと通話状態にした。
「もしもし、美緒?」
「亜矢」
「ごめん、起きてた?」
「ん、大丈夫。起きてたよ」
そう、ならよかったと。
微かな喧騒の中で、亜矢の良く通る声がひと際明るく響く。
「この前言ってたお店、こっちにも新しくオープンしたらしくって」
今度、友梨誘って行ってみない?
そんな何気ない日常会話がひどく温かく感じた。
うん、行きたい。
そう答えた私の声がひどく震える。
「美緒?どうした?」
「……どうもしないよ」
「どうもしない訳ないでしょうが。泣いてるの?」
「泣いてない」
借りてきたDVD見てたら、目から変なのが出てきただけ。
そう取り繕って少し前に話題になった映画のタイトルを挙げれば、電話の向こうで亜矢が吹き出した。
「結局泣いてんじゃん」
珍しいね、美緒がフィクションで泣くなんてさ。
揶揄する声音は少し総司と似ていて、何だか余計に切なくなった。
「秋は女を感傷的にするの!」
「あはは。風流なことで」
亜矢の笑い声が消えると同時に、その背後の喧騒も消える。
どこかの建物に入ったのか、少しだけ音声にノイズが混じり始めた。
「亜矢、もしかしてこれから夜勤?」
「そ。もーやんなっちゃう」
夜更かしは美容の大敵なのにね。
おどけてそう言うから、私もつられて笑った。
じゃあごめん、そろそろ切るね。
また詳細は連絡入れるから、と、早口な亜矢の声。
よろしく、と私も笑って電話を切ればよかったのに。
「……っ、亜矢」
「ん?」
「あ、その……」
なんでもない、仕事頑張ってね。
つい呼び止めてしまった。
けれど結局、何も言えなかった。
そんな私を少し不思議がりながらも、亜矢は「ありがと。美緒は何かあったら連絡してくるんだよ!」なんて明るく電話を切った。
はは、お見通しだ。
だけどこちらが言い出すまで、根掘り葉掘り聞いて来ない。
そんな男前な友人が、とても有難かった。
一体私は、亜矢に何を言うつもりだったんだろう。
総司の相談?
そんなの、きっと余計な心配をかけるだけ。
(弱ってるなぁ)
咄嗟に頼ろうとした自分が情けない。
シャンとしなきゃ。
終話画面のまま沈黙している携帯のディスプレイを閉じて、パソコンに目を戻す。
凝り固まった肩を緩く動かしてから、私はまた検索作業に戻った。
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