言い逃れの出来ない、決定的な事実を突き付けても、美緒ちゃんは哀しそうな顔で首を振るばかりだった。
一体何の為にそう頑なに拒否するわけ?
少しだけズルはしてるけど、僕の道なんだから、きみがそんな顔で拒む理由がない。
微かな苛立ちを覚えた。
このままじゃ埒が明かない、それなら――
「僕は、病気で死んだんじゃないの?」
そう、カマをかけてみた。
場合によっては、少しだけ手の内を晒すことになってしまうのが不本意だったけど、どうやらこの賭けは僕の勝ちみたいだった。
「病気って――」
僕の台詞を聞いた途端、さっきとは比べ物にならないくらい、美緒ちゃんは真っ青になった。
言葉端は震え、瞳の中には恐怖が満ちている。
ほんと、きみって正直だよね。
呆れた笑いが漏れた。
そんな顔をしたら、僕の言葉を肯定しているようなものだよ。
この前は、この子が新選組に居たら面白いかも、なんて考えてみたりもしたけれど、ここまで表情に出ちゃうんじゃ、ちょっと使えないかな。
千鶴ちゃんといい勝負ってところ。
まぁ、だからこそ、僕が欲している情報に今手が届きそうなんだけど。
「そろそろ観念「咳、出てるの!?」
王手を詰もうと思っていたのに、思ってもみない反応が返ってきて、一瞬怯んだ。
ああ、なんだ、そうか。
労咳のことまで知ってるのか。
ならきっと、僕の欲しい答えは全部持ってるよね。
なんだ、よかった。
「今はそれほど酷くないよ。でもいずれ、僕は動けなくなる」
でも、自分の最期くらい、自分で選びたいんだ。
動ける内にやってしまいたいことが沢山ある。
じわじわと真綿で絞め殺されるような死に方は真っ平ごめん。
僕の気持ち、分かってくれるよね?
だから――僕がいつ死ぬのか、教えてよ。
僕の言葉に、美緒ちゃんは俯く。
黙りこんでしまった彼女の言葉を、けれど辛抱強く待った。
かちかち、かちかち。
壁にくっついている時計が時を刻む。
かちかち、かちかち。
彼女はまだ顔をあげない。
かちかち、かちかち。
時間だけが過ぎていく。
かちかち、かちかち。
「……んで、」
「え?」
ようやく口を開いた彼女の言葉はとても微かで、思わず聞き返した。
握り締めたままだった彼女の右手が、わなわなと震え始める。
「……なんで、」
言葉と一緒にキッと顔をあげた美緒ちゃんは、目に涙こそ溜めてはいたけれど、びっくりするくらい怒っていた。
爛々と光る瞳にはさっきまでの不安や恐怖はどこにもない。
ただただ、燃え盛る感情だけがそこにあった。
胸一杯に息を吸い込んだ彼女は、呼吸を軽く止めて、更に強い目でこちらを睨み据える。
への字に結ばれた唇がほどけて、耳が痛くなるくらいの怒声が飛び出した。
「なんで、死ぬことしか考えてないの!」
美緒ちゃんの手首を掴んでいた筈の僕の右手は、いつの間にか彼女の両手にぎりぎりと握り潰されている。
どこからこんな力が出てくるのか不思議に思う程に、その両手は力強くて、少し痛いくらいだった。
「なんで治そうって、そういう前向きな気持ちがないの!」
「……そんなこと言ったって、死病は治らないから死病って言うんでしょ」
言い返せば、美緒ちゃんの目つきがもっとキツくなる。
「あんたが今居るのはどこ!?ここはどこよ!?」
「ここ?ここは――」
「ここは平成の世!文明の時代!」
あんたらの時代から、何も変わってないって、そう思ってるの!?
そう怒鳴る美緒ちゃんは、完全にキレていた。
人に質問を投げたクセに、答えも聞かず、喚き散らす。
言ってる内容も、突拍子ないことばかりで無茶苦茶だった。
訳が分からなかった。
それを聞くまでは。
「何十年なんだか、何百年何だかは知らないけど、あんたたちの時代から今まで、結核に怯えながらただやり過ごしてきただけじゃない!
この時代なら、あんたの病気は不治の病なんかじゃないの!」
ちゃんと治る病気なの!
現代、舐めんな!
ボロボロと泣く美緒ちゃんは、もう顔中ぐしゃぐしゃだった。
「総司、あんたはラッキーなんだよ」
史実通りになんて、死なせないから。
私には何の力もないけど、助けてくれる人たちは沢山いるから。
死ぬ準備なんて、しないでよ。
「現代、舐めんな」
もう一度そう言って、美緒ちゃんはぐしゃぐしゃなまま笑う。
ひどい顔だった。
それなのに、なぜだか僕には、そんな美緒ちゃんがすごく眩しく見えた。
綺麗だと、そう思った。
141/194