「次は君の番だよ」
二人の男を床に転がし終えてから、床にへたりこんだままの私に近づいてきた総司は、冷たい色を宿した瞳でこちらを見下ろしていた。
手にした太刀の切っ先の照準がピタリと私の喉に当てられている。
「僕が来なかったら、どうしてたの?」
「……」
「この刀を抜いて、あいつらを斬っちゃってたわけ?」
「……そ、れは」
「覚悟がないなら、これに手を出さないで欲しいな」
容赦ない言葉が飛んできて言葉に詰まる。
けれど、覚悟なら――覚悟だけなら十二分にしていた。
それだけを言い返すと、冴え冴えと澄んだ翡翠色が無感情に私を捉えた。
「きみがしていたのは、死ぬ覚悟でしょ」
僕が言ってるのは、人を殺める覚悟。
命を奪って、その重さを背負っていく。
そんな覚悟なんてなかったでしょ?
そう言われてしまえば、返す言葉がない。
確かに、私は総司の刀を握った時、覚悟した。
けれどそれは、彼の言う通り、自分はどうなってもいいという死ぬ覚悟でしかなかった。
自分の甘さを見透かされた悔しさなのか、恥ずかしさなのか。
自分でも名前のつけられない感情が湧きあがってくる。
じわじわと熱を集めて赤く燃え始めた頬の熱さで、目に水分が溜まった。
「……っ、ごめ」
ええい、泣くな。
他人の前で泣く様な鬱陶しい女にはなりたくない。
大きく息を吸い目を見開いて、零れそうになる涙をやり過ごそうとする。
そんな私の頭上で、小さなため息が聞こえた。
「分かったんなら、もう二度と勝手に僕の刀を持ち出さないって約束して」
ほら立って。
刀を収めながら総司は言う。
その瞳にはさっきまでの殺伐とした色はもうなかった。
だからといって、決して友好的な視線ではなかったけれど。
うん、いつまでもこんなところに座ってても仕方ないじゃない。
立ち上がろうと膝を立てる。
けれど、立てない。
今更足が震え始めたことに気付いた。
壁に手をついてなんとか身体を支えようとしたけれど、ずるずると重力に引っ張られる。
一度震え始めると、さっきまでどうやって立っていたのかを疑問に思うくらい、力が入らなくなった。
何度か同じ試みを繰り返したけれど、ダメだった。
「……立てないの?」
総司の言葉に小さく首肯する。
先に部屋に戻ってて、落ち着いたら私も行くから。
そう言う前に総司の手が伸びてきた。
仕方ないな、そう言って私の腕を掴んだ大きな掌が、ふわりと身体を持ち上げる。
その手が予想外に優しかった。
「……怒ってないの?」
「怒ってるよ」
「だって、いつもみたいに斬るよって言わないじゃん」
「言われたいの?」
「別に言われたい訳じゃないけど……」
「ふうん、言われたいんだ」
「違うってば」
でも、いつもみたいに斬るよって言われないと調子狂う。
内心でそうごちる。
あまつさえ、そんな優しい腕で支えられたら――
色んな事が予想外過ぎて、浮かんでいた涙もいつの間にか消えていた。
「ありがと」
「ん?なにが?」
「色々と」
「色々ってなに?」
ニヤニヤしている悪戯っぽい顔はいつもの総司。
ちくしょう、こいつわざとだろ。
絶対わざとトボケてやがる。
「別に。もういい」
その温もりが離れるのを少し名残惜しく感じながらも、私は総司の腕を邪険に振り払って大股に部屋へと戻った。
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