望月の訪問者 | ナノ

075 ここに居る意味


▽side:総司



部屋に戻った美緒ちゃんは一気に寛いだ表情になった。

それでも、風が戸板を揺らす微かな音にさえ敏感に反応している姿はちょっと痛々しい。

気丈に振る舞おうと饒舌に喋る姿はもっと痛い。

ずっときつく握り締めていたのか、その掌には真っ赤な爪痕が残っていることに彼女は気付いているのかな。



「あ、そうだ」



徐に服から四角い何かを取り出した美緒ちゃんは、何やらそれを弄ってからため息を吐いた。

そのままぽんと机の上にそれを放り出す。



「何?」



「とんでもない時に電話してきたのは誰かなって確認しただけ」



電話。

聞き慣れない言葉の意味を問えば、遠くにいる人と会話出来るからくりだって、簡単に説明してくれる。

こんな夜遅くにわざわざ話そうと思うくらいだから余程火急の用だったんじゃないのかな。

そんな感想を抱いたけれど、彼女は電話を使う気配も見せない。

その人は困ってるんじゃないのかな。

まぁ、僕には関係ないからどうでもいいんだけど。



「ほんと、かあさんには困らされるよ」



「……かあさん?」



彼女の言葉に首を傾げる。



「きみの母上はご存命なの?」



「存命も何も、両親共にぴんぴんしてるよ」



まだこの先二十年はあっちこっち飛び回るつもりなんじゃないの。

ついてけないよ、と呆れた声音で彼女は言う。

無意識に仏壇へと目が向いた。

幾つもの位牌が並べられたそれに、勝手に彼女は天涯孤独の身なんだと――僕と同じような境遇なのだと思い込んでいた。

ただ離れて暮らしていただけ、なんて。

僕の早合点だとは分かっていたけれど、なんだか裏切られたような気がしてむかむかと腹が立ってくる。



「じゃあ、どうしてご両親と一緒に暮らさないのさ!」



「な、なに突然」



急に声を荒げた僕に、彼女は目を丸くする。

ふつふつと沸き上がってきた怒りは、少し矛先を変えて、先程までの危機へと向かっていた。



「さっきのあいつらの言葉、聞いていなかったの」



この家は女の一人暮らしだろう。

やけに好戦的だった方の男がそう言った。

彼女が一人で暮らしていると知ったから、あいつらはここに押し入ってきた。

もし彼女が両親と一緒に暮していれば、こんなことだってなかったかもしれない。

少なくとも、奴等が来ることはなかった。



「女の子が一人で暮らす危険を自覚してないの?」



「そ、れは……」



彼女は言葉を濁す。

揺れる瞳は、それでもまっすぐにこちらを見つめ返してくる。



「今からでも遅くないんじゃない?ご両親のところへ行きなよ」



こんなことがまたあるとも限らない。

運良く僕が現れるなんて、次はもう期待出来ないんだから。



「それは出来ない相談」



「どうして」



「だって私はここが好きだもの」



家は人が住まなきゃ荒れていくんだよ。

私はこの家が好きで、この家を守りたい。

それに、私だって子供じゃないんだから。

ここでの生活がある。仕事だって。

揺るがない瞳が真っ直ぐに僕を射抜く。

僕も負けずに睨み返した。



「それに、ここを出れば総司に会えなくなる」



「は?」



誰もいない真っ暗な部屋に化けて出る幽霊ほど滑稽なものはないと思うんだけど。

驚いてくれる人あってこそ、でしょ?

そう言って余りにも悪戯っぽく彼女が笑うものだから、勢いを殺がれた。



「……そこまで言うなら好きにしなよ」



「言われなくても」



可笑しそうに笑みを含んだ声で彼女は答える。

でもそうだな。

そんな彼女を眺めながら、少し考える。



「ある日ここに来て、君の惨殺死体なんかが落ちてたらなんだか夢見が悪いよね」



「……縁起でもないこと言わないでよ」



「うん、縁起でもないから今度稽古つけてあげる」



簡単な護身術を覚えて損はないと思う。

今日の奴等程度の悪漢を追い払えるくらいの術なら、付け焼刃だって事足りる。



「モノに出来るよう、みっちり仕込んであげるからね」



昔、刀をろくに握った事もないような子に稽古をつけたげた時は、疲労と打撲でしばらく腕が上がらなくなったみたいだから、覚悟しといてね。

笑顔でそううそぶけば、美緒ちゃんはにわかに顔を青くする。



「い、いらないいらない!いらないからね?!」



大袈裟に首を振る彼女をよそに、僕はあれこれと鍛錬の計画に思考を巡らせた。

最近は咳がどうのって、土方さんが練習を邪魔するから身体がなまってたところだし、ちょうどいい暇つぶしにはなるんじゃないかな。


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