「僕は器用じゃないんだよね」
くるりと振り返り、足元にうずくまって痛みにうめき声をあげながら尚、殺意の籠った目で自分を睨め上げる男に向かって総司は妖艶に微笑んだ。
翡翠色には穏やかな色を湛えている癖に、そのまとう空気はやたらにピリピリしている。
「だからさ、手加減するなんて出来ない。これ以上抵抗するなら、それなりの覚悟を持って欲しいんだよね」
腕か足か、どれを失くしたい?
それとも、命を丸ごと貰ってあげようか。
文句はないよね、先に仕掛けてきたのはそっちなんだから。
恐ろしい程に綺麗な顔立ちで笑みを深めた総司が、じりっと一歩を踏み出す。
それにつられる様にして、男はじりっと尻で後ずさった。
まるで、総司の周囲に見えない空気の塊があって、それに押されているかのように見えた。
じりじり、じりじり。
総司が進み、男は退く。
蛍光灯の光を反射して、総司が手にした刀が白く光る。
彼の顔に浮かんでいるのはあくまでも穏やかな微笑。
けれどそれは、まるで荘厳な絵画の中に隠れた死神のような、一種の破滅的な美しさがあった。
じりじり、じりじり。
前進と後退は続く。
男の背中が古めかしい食器棚についた瞬間、総司は無造作に刀を突き出した。
「そうじ!」
どん、と腹に響く低い音と共に刀が食器棚の扉に付き刺さる。
音にならない悲鳴が喉にひっかかって呼吸を邪魔する。
人を、殺した――
その思いに、くらり、眩暈がする。
薄暗い筈の台所が、何故かチカチカ瞬いて見えた。
明滅する視界とは逆に、頭の芯がしんしんと冷えていく。
行かなきゃ。
今ならまだ助けられるかも。
止血して、救急車を呼んで。
でも身体が動かない。
まるで床に接している部分に根が張ったみたいに、幾ら力を入れても、立ち上がることが出来なかった。
行かなきゃ、いけないのに。
「あーあ、つまらないことに時間を割いちゃった」
余りにもここにそぐわない声が、おどけるようにそう言った。
軽い動作で総司は刀を引き抜き、くるりとこちらを振り返る。
「酷い顔だよ、美緒ちゃん」
そう言って笑う彼の背後に残された男の身体に、ひどい出血は見られなかった。
頬の血色もいい。
それはただ、気を失っているだけのように見えた。
「殺、し……」
「あれ、殺しちゃって良かったの?」
「だ、だめ!」
脅しただけで気を失っちゃうんだから、殺すまでもなかったよ。
歌うようにそう言って、総司はきょろきょろと辺りを見回す。
そして、無造作に転がっていた荷造り用のビニール紐を取り上げると、手際良く男たちの手足を縛りあげた。
身体を動かされて、肩につけられた傷が痛んだのか、男が微かに呻く。
そいつが生きているってようやく実感出来て、どっと安堵が押し寄せた。
手足を縛ってから、総司は流しに吊るしてあった布巾を二本取り上げ、それぞれを男たちの口に噛ませる。
それ、片方は食器拭きだからまだいいけどさ、背の高い方の男に咥えさせた方、もうほとんど雑巾代わりなんだけど。
微かに憐憫の情を覚える。
雑巾を咥えさせられるなんて、不憫なことこの上ない。
ぼんやりした頭でそんなことを考えながら、総司の動きを眺めていた。
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