「もう一度訊くけど、この家に何の用?」
切った鯉口に、天井から落ちる光を反射して鈍くきらめくのに気付いたらしい男は顔を引き攣らせ、じわりと一歩引いた。
ふうん、刀を持たない時代でも刀を恐れる気持ちはあるんだ。
他人事のように目の前の男の固い表情を眺めながら、そんなことを考える。
物盗りとは思えない程にこの男には覇気や殺気がない。
窺えるのは驚愕、恐怖、困惑――
人の家に押し入るような輩は、もっと切羽詰まった顔をしていてもいいと思うんだけど。
ただ抜刀できるよう刀を構えているだけでじりじりと後ずさるものだから張り合いもない。
こんな狭いところじゃ抜刀出来ないってことに気付いていない辺りが時代の違いかな。
男の腰に短い刃物がぶら下がっているのが見えたけれど、使うつもりは毛頭ないらしい。
それとも、その存在自体を忘れているのか。
どちらでもいい、僕には関係のないこと。
酷薄な笑みを顔に張り付けたまま摺り足でゆっくりと間合いを詰めれば、男はその分だけ後ずさった。
じりじり、じりじり。
それほど長さのない廊下をゆっくり時間をかけて移動していく。
男の背後、人の気配のする部屋まであと数歩だった。
「おい、さっきの音――」
その部屋に到達する前に、扉の向こうからがっちりとした体格の男が野太い声と共に顔を覗かせた。
ばちりと目が合って、そいつが間の抜けた顔でぽかんと口を開ける。
その瞠目した黄ばんだ目はしばらくうろうろとさまよった後、ようやく存在を認識したと言わんばかりに僕の上に焦点を合わせた。
見る間にその顔は歪み、赤らんでいく。
「だ、誰だてめぇ!」
この家は女の一人暮らしだろう。
そう口走った男は責めるように背の高い男を睨み据える。
睨まれた男は困ったように眉尻を下げるばかりで何も答えなかった。
「ねぇ、答えなよ。君たち、何?この家に何の用?」
もはや答えの分かり切った質問だったけれど、総司は再度同じ問いを口にした。
そのまま歩みを止めずにまた一歩にじり寄れば、更に一歩引いたそいつと、その後ろに立つ男とがぶつかる。
足を踏まれた男が盛大に舌打ちをした。
「ってぇな、ビビってんじゃねぇよ」
口の中で早口に何か言い返したひょろ長を苛立たしげに押しのけると、ぎらぎら好戦的な目をした男が前に出る。
その手にはどこから手に入れてきたのか、やたらと刃渡りの長い見慣れない短刀が握られていた。
僕の手元から目を離さない逃げ腰の男がしきりと目の前に立つ男に下がるよう言い聞かせているが、男は一向に耳を貸そうとしない。
「俺達が何か、なんて粗方予想出来てんだろ?」
「……まぁね」
「じゃあとっとと失せな。そんな腰の玩具でビビるとでも思ったか?」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて、挑発するように男は更に歩み寄る。
ちりちりと、小刻みにその指先が懐刀の金具を弄る音が耳触りだ。
ちりちり、ちりちり。
少しずつ僕の神経を削っていく。
ああ、うるさいな。
「強がったって何の得もねぇぜ?命は大事にしなきゃ、なぁ!」
徐に手にした刀を突き出してきたから、体を捩ってそれを避け、そのまま男の肩を突き飛ばした。
後ろに立つ奴を巻き込みながら、男は勝手場まで吹き飛ぶ。
命を大事に、なんて言いながらしっかりと心の臓を狙ってくるなんて、ものすごく矛盾してると思うんだけど。
肩を押さえて落ちた勝手場の土間から睨み上げて来るのを見下ろしながら苦笑する。
ああ、でもちょうど広い場所まで下がってくれたから、これで存分に刀を振るえるよ。
とん、とあがり框から土間の冷たい土の上に足を下ろす。
歪んだ視線を寄越す二人の男に笑みを向けてから、ゆっくりと清光を抜き放った。
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