072 本物の強盗▼side:美緒
何かが壊れる大きな物音で目が覚めた。
部屋の中は真っ暗。
どうやら総司を待っている間にうたた寝してしまったらしい。
さっき見た時より月は随分高い位置に来ていた。
がちゃん!
またひと際大きな荒っぽい破壊音に心臓が跳ねた。
それに交じって、微かだが耳慣れない声が聞こえる。
総司――じゃないよね。
真っ先に脳裏に浮かんだあいつに思いを馳せてから、ふるふると否定する。
あいつなら私が寝ていたら真っ先に私自身に何かしら仕掛けて来ると思う。
隠れてこそこそ悪だくみ、なんてそんな奴じゃない。
それに、あいつはとんでもない悪戯者ではあるけれど、物を壊したり、本気で私を困らせるようなことは一度だってしたことがない。
本当にギリギリのラインで、侵してはいけない一線を守ってくれる。
じゃあ、あの音は。
静かな屋敷の中に響く、ひどく乱暴な物音に想像は悪い方へと傾いていく。
猫が入り込んだ、とかそういう穏やかなものじゃない。
その音は、明確な意思を持った何かが動きまわる音。
考えてしまうと恐怖で動けなくなるから、出来るだけ頭を空にして立ち上がった。
何か武器になるもの、と部屋を見回す。
もしもの場合、丸腰じゃ不安だ。
生憎、うちには金属バットやゴルフクラブなんて得物はない。
箒なんかの長物は全部台所の隅に立てかけてあるし――
そこまで思考が回った瞬間、押し入れの中の‘あれ’に思い至った。
総司の忘れていった、二本の刀。
どきどきと騒ぎ始めた自分の心臓の音に顔を歪めながら、押し入れをそっと開ける。
細く部屋の明かりが差し込んだ暗い空間に、それはあった。
総司が消えた後に慌てて突っ込んだ、そのままの状態で。
出来ればこんなもの、触りたくはなかった。
いつか見た、あの赤色を思い出すと未だに怖気がする。
けれど――今ばかりは仕方ない。
短い方の刀に手を伸ばす。
ごめん、借りる。
まだ現れない望月の訪問者に心の中でそう謝ってからずっしりと重いそれを持ち上げる。
落とさないように両腕でしっかりと抱きかかえて、そろそろと廊下に出た。
摺り足で廊下を進むと次第に音が近づいてくる。
切れ切れに聞き取れるようになった話者の声は二つ。
どちらも聞いたことのない男の声――下卑た若い男の声。
立ち止まりたがる足を叱咤して廊下を進む。
いつもならほんの十数歩で端から端まで歩くことが出来るのに、この時ばかりは途方もない長距離に思えた。
ようやく辿り着いた突き当たりの角で、一旦刀を床に置こうとしゃがみ込む。
震える両手が不用心に刀を手放して、物音を立てないよう慎重に鞘の先を床板につけ、ゆっくりと鍔を下ろした。
刀が床を転がらないことを確認してからそっと手を広げ、指を引き剥がす。
まるで耳元で離されているかのように、台所の男たちの声がよく聞こえる。
まるで、自分の部屋で友人と話しているかのような気楽な口調、下らない雑談。
普段なら聞き流すようなそんな会話が怖い。
一度目を瞑って、暴れる心臓を出来るだけ落ちつけようと静かに呼吸を繰り返した。
吐き出す息が震えている。
最後に吸えるだけ空気を吸って、目を開いた。
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