071 間に合わせ▽side:総司
「おい、総司。何だよその格好」
何もかもをあちらの時代に置いて来てしまったあの日、仕方ないから着物と刀を調達しなきゃって、その辺の適当な着物に着替えて手ぶらで出掛けようとしたら土方さんに見つかった。
こんな時に限って一番会いたくない人に会っちゃうなんて、僕も運がないよね。
「土方さん。何か用ですか」
「だからその格好は何だって訊いてるんだよ。それに刀はどうした」
いつもながら、少し苛ついた口調で低く唸るように鬼副長は声を漏らす。
その眉間には盛大に縦ジワが寄っていて、いつもキラキラした眼差しでこの人の後ろを追い掛けている一くんや千鶴ちゃんの感覚を疑いたくなる。
一体何が嬉しくてこんな小姑の傍に居たい訳?
まあ、そんなのどうだっていいけど。
「ちょっと置き忘れてきちゃって」
「はぁ?置き忘れてきただぁ?」
僕の返答が余りにも予想外だったのか、土方さんは素っ頓狂な声をあげる。
それからその顔が見る見る険しいものになった。
「盗られたのか」
「違いますよ。僕がそんな間抜けに見えます?」
しばらく会えませんけど、知人が預かってくれているから大丈夫ですよ。
そう言ってみたけれど、当然訝しげな顔をされた。
追撃する詰問をのらりくらりとかわしながら笑ってみせる。
どこに置いてきたかなんて問われても、到底土方さんの気に入りそうな回答を口にすることは出来ない。
僕たちの想像を遥かに超える場所へ、着物も清光も置いてきました、なんて信じられないでしょ。
僕だって、自分の身の上じゃなきゃきっと信じない。
「じゃあ丸腰でどうやって隊務をこなすっつーんだ」
追求を諦めたらしい土方さんがため息交じりに新しい疑問を口にする。
まあ、それも当然の問いだよね。
流石に木刀で巡察に行く訳にもいかないし。
「清光が返って来る迄は間に合わせで済ませますよ。刀なんて切れれば何でもいいですし」
「バカ。金なら貸してやるからさっさとまともなやつ誂えてこい」
刀が切れなくて捕縛対象を逃がしましたなんて言ってみろ、すぐに腹詰めさせるからな。
見え透いた脅しを口にして、土方さんはついて来いと言わんばかりに先に立って歩き出す。
清光が返ってくる、なんて全然信じちゃいないみたい。
あーあ、ほんともう面倒臭いなぁ。
どうせひと月で全部戻ってくるっていうのにさ。
断ればまた押し問答になることは分かり切っていたから、諦めてその背中を追った。
この時の僕はまだ知らない。
梅雨に時渡りを阻まれて、結局ひと月以上清光をあちらの時代に置いたままにするなんてことを。
そして、彼女がとんでもないことをしでかそうとしていただなんてことを。
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