070 梅雨▼side:美緒
また雨か。
しとしとと窓の外を濡らし始めた水滴を見ながら小さく嘆息した。
すっかり梅雨入りした六月の空はもう長いこと鈍色で、最後にいつ晴れ間を見たかなんてちょっと首を傾げないと思い出せない有様だった。
洗濯物は溜まる一方で、なのに濡れた服は増える一方。
家は広いけれど、無駄に掃除する手間を省きたくて居住空間はごく僅か。
その僅かな空間を部屋干しの洗濯物に占領されていて、私の家は今、森の中に作った子供の秘密基地みたいな状態だった。
天井から草木や意味不明な布の類がだらりと垂れている、そんな状況。
(そろそろ晴れてくれないと困るんだけど)
そんな希望も空しく、今週いっぱいはぐずついた天気が続くと天気予報のお姉さんは言う。
今夜はあいつが来るのも無理そうだな。
あいつ――沖田総司を思うと、またため息が漏れた。
あの日、映画に行った夜、結局総司は家に帰り着く前に消えてしまった。
そもそも、サンダルで靴擦れを起こして走れない私を置いて先に行けと言ったのはいいものの、肝心の玄関の鍵を渡しそびれていたから、例え間に合っていたとしても、私が家に辿り着くまで総司は玄関先でお預けを喰らうことになったんだろうけど。
鍵を渡していないと呼んだのに、戸惑ったそぶりを見せただけで取りに戻ろうとはしなかったし。
どの道、無事には帰れなかったってことか。
総司が消えた後、痛む足で家に帰り着き、玄関の戸を開けた。
私の部屋には、雑に畳んだ臙脂と墨色の着物に若草色の袴、それから二本の大きな大小がぽつりと残されていた。
(あいつ困ってんじゃないかな)
着物はまぁ、何着か持っているとして、武士ってそう何本も刀を持ってるもの?
どちらかというと腰に下げたものを大切に大切に大切に大切にしているイメージがあるんだけど。
しょっちゅう斬り合いとかしてるんじゃないの?
丸腰で大丈夫?
総司に人を斬って欲しくはないと思っている。
それが、彼の生きる時代には無理なことだとしても。
けれどその反面、やっぱり丸腰の彼は心配だ。
総司が人を斬るのは嫌だ。
でも、それ以上に総司が誰かに斬られるなんて絶対に嫌だった。
(大丈夫だよね。また雲が去れば、次の満月にはニヤニヤ意地悪な顔して来るよね、あいつ)
無事にひと月を過ごして欲しいと、ただそれを祈るしかなかった。
それにしても。
(今夜が雨とはね)
困ってるのは何も彼だけじゃない。
あの日、総司が消えてから私も散々悩まされた。
だって、日本刀があるんだよ、ここに。
真剣の管理をするには特別な許可が必要なんじゃなかったっけ。
なんの許可も取ってない我が家に、こんなものがあったらまずいんじゃないの?
散々悩んだ末、着物と刀は押し入れの中に詰め込んでいる布団と布団の間に無理やり押し込むことにした。
他人ん家に来て、わざわざ押し入れの戸を開いて布団の間を物色するような行儀の悪い友人はいない。
多分、人目に触れるより先に総司が来るだろう。
そう信じたい。
じゃないと困る。
あれ以来、一度も開けていない押し入れをジト目で睨む。
(次の晩も来なかったら承知しないからね!)
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