「あそこ、越えれば……っもうすぐだから!」
長い直線距離の先の遮断機を指してそう叫んだら、総司はちらりと低い場所に浮かぶ月を確認していた。
多分滑り込みで間に合う。
最悪、あいつが自分の着物と刀を手にして帰れればいい。
服なんてちゃちゃっと着替えて処分しちゃえばいいんだし。
そう、思ってたのに。
かんかんかんかん。
突然、目の前を赤い光が揺らぎ始めた。
なんで?!
まだ始発だって動き始めてない時間帯なのに!
あれは何?そう言いたげな視線を寄越してくる総司を固い顔で見上げる。
私の表情から、あれがよくないことの前兆だと言うことだけは理解したらしい。
その端正な顔が一気に険しくなって、ぐんと走るスピードが上がった。
痛い程に腕を引っ張られて、私も駆ける足を速める。
けれど、またサンダルが脱げ掛けてぐらりと身体が傾いだ。
慌てて総司が繋いだ手を引いてくれる。
咄嗟に見下ろした足は、走るには向かない履物のせいでひどく傷ついて、血が滲んでいた。
総司もそれに気付いたらしい。
「ごめん」
何に対するごめんなのかを訊ねる前に、更に私を引き寄せると、腰に腕を回して抱え上げた。
「ちょ、なにす「舌噛みたくないなら黙ってて」
有無を言わさない口調の総司はこちらに見向きもしない。
スピートは私を抱えて遅くなるどころか、さっきよりもずっと速い。
ああ、もっと早くこうしてればよかったかな。
そんな呟きが漏れてきて、ほんの少し申し訳なくなった。
相変わらず、踏切はかんかんかんと警鐘を鳴らし続ける。
遠くから、たたん、たたんと電車が枕木を踏む音も聞こえてきた。
たたん、たたん。
かんかんかんかん。
そのふたつの音に急かされるようにして総司は更に足を速める。
行く手を塞ぐように下りた遮断機のバーに手を掛けた瞬間、目の前を轟音と共に貨物列車の先頭車が横切った。
だだん、だだん、だだん。
耳を塞ぎたくなるような音と共に、地味な色合いの貨車が延々と流れていく。
それを私たちは目を丸くして見つめていた。
だだん、だだん、だだん。
貨物の流れは終わらない。
「……下ろして」
私を抱えたままなことを完全に忘れ去っているだろう総司に声を掛けたら、ゆっくりと地面に下ろしてくれた。
だだん、だだん、だだん。
私たちは流れる貨物の群れから目を逸らさない。
だだん、だだん、だだん。
貨物の流れは終わらない。
「ここが通れるようになったら」
私を置いて走って。
ぽつりとそう零した。
微かな声だったけれど、でも轟音に掻き消されず、確かに総司の耳に届いたらしい。
彼は戸惑いを浮かべた瞳でちらりとこちらを振り返った。
「真っ直ぐ行けば、うちが見えて来るから」
あんたの足なら間に合うかもしれない。
ふっと強い光の宿った瞳が了承の意を伝えて来る。
だだん、だだん、だだん。
たたん、たたん、たたん。
バカみたいに長い貨物列車が去っていくのをちらりと確認した総司は靴を脱ぎ捨てるとゆるゆると上がり始めた遮断機をくぐって駆け出した。
間に合え……!
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