「そそそそそ総司!時間!」
開きっぱなしの携帯を総司の頬にぎゅうぎゅう押しつけると、見えないなんて迷惑そうな声が帰ってきた。
私の手からそれを取り上げると、眉を顰めて画面に見入ってる。
いや、うん、その表情は正解。
でも、その落ち着きようは不正解。
「……時間、よく分かんない」
だからその落ち着きは駄目だってば!
デジタル時計が読めなかったらしい総司から携帯を取り上げて立ち上がる。
「だから、あんたの帰る時間が迫ってるんだってば」
「それを早く言いなよ」
総司も軽い身のこなしで立ち上がる。
次のフィルムが始まるのか、照明の落ち始めた狭い場内をペコペコしながら横切り、映画館の外に出る。
白い月はもう随分山の稜線に迫っていた。
走って間に合うかどうか。
でも、いかにも現代風な格好で刀も持たずに帰ったら、こいつはものすごく不便な思いをするんじゃないだろうか。
「こっち!」
総司の手を取って、細い路地に入る。
来た道は大きく迂回したコースになるから、直線で家に帰れる道を選ぶ。
こっちは途中で線路をまたぐことになるけれど、まだ通勤ラッシュの時間でもないから長時間踏切前で待たされることもないだろう。
たぶん。
ぐねぐねと曲がる路地を駆ける。
長時間散歩することなんて――こんな全速力で走るなんて予想だにしてこなかったから、ちょっと出掛ける時につっかけて来るような華奢なサンダルは足に合わなくてすぐに転びそうになる。
本当は土地勘のない総司を引っ張って走らなきゃならないのに、転びそうになる度に支えられて、挙句の果てには逆に手を引かれるような格好になっていた。
それにしてもこいつの足も体力も半端じゃない。
苦しい呼吸の間でそんなことを考える。
こんなに走ってまだ息ひとつ乱していないし、運動不足とは言え私だってそこまで足が遅い訳じゃないのに、総司の速さについて行けなくてやや引き摺られるような無様を晒していた。
「つぎ、右!」
からからに乾いた喉から指示を飛ばす。
タバコの自動販売機を過ぎれば直線距離の先に踏切が見えた。
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