060 髪結いの紐▽side:総司
(ああ、まだしばらく沈みそうにないな)
帰ってきた屯所の部屋から円い月を見上げてそんなことを考える。
以前はこんな高さに月がある頃には帰ってきていなかったのに。
ひと月やふた月では気付かない程の僅かな分ではあるけれど、毎回少しずつあちらの時代へ行く刻現は遅くなり、こちらへ帰ってくるのが早くなっている。
気のせい、ではないと思う。
少しずつ少しずつ、あちらに居る時間が短くなってきている。
美緒ちゃんは気付いてるかな。
まぁ、どっちでもいいんだけど。
ふわ、と大きな欠伸が出た。
明け六つの鐘が鳴るまでまだ一刻はありそうだったから、少し寝ようかと思ってごろりと横になる。
(あ、)
仰向けに寝転がった鳩尾の辺りに違和感を覚え、顔を顰めた。
懐を探ると掌にちょうど乗るくらいの薄い和紙の包みが出てきた。
(あーあ)
結局渡しそびれちゃったな。
昼間もらってきた結い紐がその中にあった。
十六武蔵にすっかり振り回されちゃったな、なんて考えて思わず嘆息する。
自分でもここまで律儀な性格じゃなかったと思うんだけど、‘ばれんたい’のお返しがどうとか美緒ちゃんが言ってたから、つい「千鶴ちゃんにあげて」と言われたものを取り上げてしまった。
ぺろりと包みを開けば、紅い髪結いの紐。
碧の方は結んであげるね、と女の子たちが僕の髷にぐるぐると巻きつけてくれていた。
少し古いけれど、大切に使われてきたであろうことの分かる少し値の張りそうな結い紐。
美緒ちゃんが髪を結ってる姿は見たことがなかったけれど、落ち着いた赤はきっと彼女に似合うだろう。
(貰いものの流用だとはいえ、まさか女の子に贈り物をしようなんて考える日が来るなんて)
結紐を包み直しながら、もう一度ため息を落とす。
まぁいいや。
いつもぼんやりしてる美緒ちゃんのことだから、お返しを僕に要求したこと自体忘れてるかもしれない。
改めて欲しいと言われたら、その時渡せばいいよね。
わざわざあげるのも癪だし。
元通りになった包みをぽいと部屋の端に放り投げて総司は目を瞑る。
さあ今日はどうやって土方さんをからかおうかな、なんて考えながらとろとろと微睡みに身を任せた。
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