066 夜の散歩▼side:美緒
朝はパンが食べたい。
なのにうっかり食パンを切らしてしまったことに気付いたのは夕食を終えた頃だった。
別に一日くらい我慢してもよかったんだけど、人間、手に入らないと思うとどうしても欲しくなるもので。
ちょっと近くのコンビニまで、と出掛けようとしたら総司が現れた。
別にわざわざ一緒に行くような用でもないから留守番しててもらおうと思ったんだけど、行きたそうにしてたんで「一緒に行く?」なんて声をかけた。
着物って見るからに着付けが大変そうなのに、一々着替えるの面倒じゃないのかな。
まあ、本人が行きたいって言うんだからいいかな。
総司の服を押し入れの中から探し出して手渡す。
元彼の服、じゃなくて、総司の服を。
実は総司と出掛けて酒盛りをした次の日、こっそり総司の服を買っていた。
あれ以来、なかなか出掛けるような機会もなくて渡しそびれていたけれど、ようやく。
別に総司は気にしてないみたいだったけど、やっぱり‘あいつ’の軽薄バカ丸出しの格好は似合わなくて。
冬のボーナスを見越して、ほんの少しお高いブランドで綺麗めの衣装を一揃え集めた。
黒のラインがアクセントになる白地のシャツと胡桃色のくったりしたカーディガン、焦茶のジャケット。
草色と淡墨色で悩んだパンツは、結局袴の色と似ているから似合うだろうという安易な理由で前者にした。
パンツ、と言えば下着の方のパンツは一体どうしているんだろう、と余計なことにまで思考が回る。
昔の人って褌、だよね。
こう、身体の前に布がだらんと垂れているイメージがあるんだけど、細身のパンツを穿くと、もこもこと邪魔になるんじゃないのかな。
この前着替えた時は全く違和感なかったけど、それって変だよね。
もしかして何も穿――
「終わったよ」
急に声を掛けられて飛び上がる。
いいいいけないいけない。
とんでもなくまずい方向に思考が飛びかけてた。
よかった、最後まで辿り着かなくて。
バクバクと異常な早さで収縮する心臓を押さえながら振り返ると、すぐそこに総司の姿。
その姿にはっと息を詰める。
ああ、うん、私の見立てに狂いはなかった。
釦のとめ方がよく分からなかったのか、幾つか掛け違えているけれど、そのちぐはぐさを差し引いても余る程の好青年っぷり。
ため息が出そうだ。
それでも、その素敵さを凌駕するほどに私の脳内を侵食するのはさっきまでの思考。
意識しないと下がり勝ちになる視線をどうにか総司の肩口辺りに縫い止めて、一言二言言葉を交わし、玄関に向かった。
今日は絶対に下を向かない、そう誓いながら。
褌云々なんて、死んでも知りたくない。
112/194