065 今昔▽side:総司
僕が美緒ちゃんの部屋に着いた時、美緒ちゃんはちょうど部屋を出ていこうとするところだった。
服装もいつもの簡単な格好じゃない。
もう少し、気合いの入った格好。
気合いの入り方は本当に“少しだけ”だけど。
「あ、総司。ちょうどいいところに」
ちょっと出掛けて来るから留守番してて。
気軽にそう言ってのけた彼女に、わざとらしくため息を吐いてみせる。
「なにその反応」
「あのさ。親しき仲にも礼儀ありって言葉、知ってる?」
別にそこまで丁寧に扱って欲しいとは思わないけれど、それでも、ちょっとこの扱いはどうかと思う。
顔見た瞬間、留守番してて、なんて、それはないんじゃない?
これでも一応、お客さまだと思うんだけど。
「じゃあ……一緒に来る?」
いまいち僕の意図を理解していないらしい美緒ちゃんが、微妙にズレた返答を返してくる。
それじゃまるで、一緒に行きたいから僕が拗ねたみたいじゃない。
まあ、行くけど。
一年半も通い詰めれば、流石にこの部屋に物珍しさもなくなってきたしね。
出掛ける方が刺激があっていい。
いつもみたいに押し入れから美緒ちゃんが出してきた薄い着物に着替える。
この時代の着物って、ただ被るだけでいいから本当に簡単だ。
被って、羽織って。
袴と違って、脚にぴったりと張り付く‘ずぼん’は少し窮屈だけれど、帯を締めない分腰が軽い。
心許ない、と言ってしまえばそこまでだけど。
玄関で靴を履きながら、西洋化されているなぁ、なんて考えたりする。
結局、攘夷だなんだって息巻いているけれど、西洋を受け入れることになるのかな。
僕の時代の面影はそう多くない。
「履けた?行くよー」
がらりと美緒ちゃんが開けた玄関から吹き込んだ涼しい風は肌に心地よい。
新緑の香りを含んだ風を胸一杯に吸い込めば、ほんの少し咳が出た。
「今日は近くだから歩いて行こう」
そう言って歩き始めた美緒ちゃんに従う。
円い月と、点々と灯っている背の高い灯で、静かな夜道は明るかった。
「この時代は明るいよね」
提灯を持たずに出歩けるのは不思議だ。
「まあ、日本は世界で一番明るい国だって言われるくらいだしね」
美緒ちゃんが何でもない風にそう言う。
一晩中やってる店も沢山あるんだと教えられ、驚く。
確かに、以前も遅い時間なのにがんがんと五月蝿い音が流れる大店に連れて行ってもらったっけ。
本当に、150年の差は大きい。
改めてそれを感じながら、僕はゆっくりした歩調で美緒ちゃんについていった。
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