「総司!」
がっと腕を掴まれて、強制的に現実へと思考が引き戻された。
やたらと真剣な表情で美緒ちゃんが僕を見上げている。
一体何、そう言いかけた口に固いものが放り込まれた。
「……甘い」
「だろうね」
だって砂糖だもん、なんて言いながら大仰に頷いて見せる美緒ちゃんの意図が見えない。
余りにも突飛過ぎるんだけど。
「甘いと顔が笑うでしょ?」
四角い砂糖の塊が沢山入った瓶のふたを閉めながら、美緒ちゃんは僕を見上げる。
「今のあんた、相当ひどい顔してる」
いっつも感情なんて見せないで、こーんな顔してニヤニヤしてる癖にさ。
そう言って、美緒ちゃんは邪悪に笑う。
それはまるで般若のお面みたいだ。
言われなくちゃ笑ってるなんて気付かないくらい邪悪な顔。
僕って、普段そんな顔で笑ってるの?
まさかね。
美緒ちゃんじゃあるまいし、そんな不気味な顔、そう易々と作れない。
でも、そうか。
「そんなにひどい顔してた?」
「うん」
まるでこの世の終わりが来そうな顔。
そう言って彼女は眉尻を下げて笑う。
「行こ」
ガトーショコラはもっと甘いよ。
無理に笑わなくてもいいけど、甘いのは勝手に笑うから。
盆の上に取っ手のついた湯呑みと大きな急須を載せて、美緒ちゃんは先に勝手場から廊下にあがる。
その背中を見ながら、僕の顔はもう既に笑っていた。
やけに今日は饒舌だと思った。
全部、僕を元気づける為だったって訳か。
ああ、敵わないな。
僕を笑わせる一番の甘味は、君の気遣いなのかもね。
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