062 不在*side:千鶴
山南さんが新撰組に移ってから半月――春分を過ぎ、昼の時間が夜の時間よりも長くなってきていることを実感出来る季節になっていた。
つい先日、西本願寺に移転してきたばかりの屯所はまだ雑然としていて、引っ越しの際に片付けた私物が見当たらないと困り顔で屯所内をうろうろする隊士さんを見かけるのも珍しくなかった。
「千鶴、総司の奴見てねぇか」
引っ越しの後始末に追われながら過ごした平凡な一日の終わりに、眉間に深いシワを刻んだ土方さんがきょろきょろしながらこちらに向かってきた。
「夕餉でご一緒したきり、お会いしていませんけど……お部屋にもいらっしゃらないんですか?」
「部屋どころか屯所中探しても見当たらねぇんだよ」
盛大に舌打ちをして「あの野郎どこ行きやがった」なんてこぼす土方さんは、いつになく機嫌が悪い。
江戸からお迎えした伊東さんを参謀に据えてから、幹部の皆さんのピリピリは増すばかりだった。
それに加えて、山南さんのこともある。
確かに屯所は広くて住みやすくはなったけれど、八木邸に居た頃の雰囲気と比べると、とても居心地がいいものとは言えなかった。
「私も一緒に探します」
土方さんの眉間のシワがこれ以上深くならないように慌てて立ち上がると手伝いを申し出た。
きっと、一人で探すよりも二人の方が効率がいいと思う。
同じ事を考えていたのか、土方さんもすんなりと頷いてくれた。
「ならあいつの部屋の辺りをもう一度見てきてくれ」
もし見つけたら、とっ捕まえて目離すんじゃねぇぞ。
言い置いて庭の方に向かって土方さんを見送って、私も廊下に出る。
境内に生えた桜は、もうすっかり散ってしまってところどころが新芽で青く色付いていた。
辿り着いた沖田さんの部屋の前で少し躊躇ってから小さく声を掛け、襖を開ける。
私の声に返ってくる返事もなければ、部屋の中に沖田さんの姿がある訳でもない。
一体どこへ行ってらっしゃるのだろう。
まだ慣れない新しい屯所の地図を頭の中に広げて首を傾げる。
首を傾げたら、細く開け放された窓から円い月が見えた。
霞みがかった春の朧月は黄色い優しい光の筋を部屋に落としている。
(もしかして)
ふと、沖田さんの不在の理由に思い至った。
詳しくは教えてもらえなかったけれど、満月の夜は150年後の未来へ行く、と沖田さんは仰っていたじゃないか。
それは信じがたいことだけれど、二度も目の前で沖田さんが消えてしまうのを見てしまったから信じざるを得ない。
多分、今夜もあちらへ行っているんだろう。
それならば屯所内に姿が見えないことにも納得がいく。
きっと明け方まで帰って来ないと思う。
そういう風なことを、沖田さんご自身が言ってらっしゃったから。
(土方さんにどう報告すればいいんだろう)
沖田さんの不在は分かったけれど、説明のしようがない。
正直に話したところで信じてもらえるとは思わないし、上手い言い訳も思いつかない。
そもそも、他言はしないって約束をしたから正直に話す訳にはいかないよね。困ったな。
窓越しの月を見上げながら、私はしばし頭を悩ませた。
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