057 十六武蔵▼side:美緒
私は今、今世紀最大のピンチに陥っている。
うとむとぐを混ぜたような唸り声をあげながら、机の上の紙を睨む。
熟考に熟考を重ねてから駒を動かした後、総司の顔色を窺ったら、満面の笑みだった。
「はい、美緒ちゃんの負け」
「え。ちょ、待って待って。なんで」
最後の一手を打とうとした総司を慌てて追い払う。
「待ったはなしって言ったでしょ」
隅の方に追い込まれた私の白い駒に最早逃げ場はない。
なんだこれ。いつの間に。
ルール違反を窘める声を無視して、自分が打った一手と、その前に総司が打った一手を元の位置に戻した。
これなら――と盤面を眺めたところで、やっぱり逃げ切れそうにない。
いつから?
いつから追い込まれてた?
くっそ、なんでこいつこんなに強いんだ。
もう何連敗目かも分からない勝負の結果に、がっくりと肩を落とした。
特にこれといってすることもなくて、暇を持て余していた私たちは総司の提案で“十六武蔵”をしていた。
変則的な形の盤には白い駒がひとつと、黒い駒が十六。
将棋と囲碁をまぜこぜにして単純化したようなルールは、簡単で夢中になる。
昔の子供たちはこんなことして遊んでたんだなぁ、なんてしみじみしながら、紙にペンで目を書き込んだだけの簡易盤の上へ駒を並べ直した。
「ちょっと、まだするつもり?」
私の手元を見ながら総司が呆れた声を出す。
だって、負けっぱなしで終われないじゃない。
一回くらい勝ちたいじゃない。
そう言い返すと、ため息が返って来た。
もう一回だけ、と拝み倒す私に総司は渋い顔。
「美緒ちゃんが余りにも弱いから、もう飽きちゃったんだけど」
「この通り!お願いします!」
仕方ないな、なんて言いながら総司は私に先手を促す。
白い駒を斜めに引かれた線に沿ってひと目動かすと、両脇の黒い独楽を取った。
「はじめの内はこうやってさくさく取れるから面白いのに」
むくれる私をよそに、微笑を浮かべたまま、迷いのない手つきで総司が黒い駒のひとつを動かす。
私の番が来て、またふたつ黒い駒を奪ったけれど、数手進めたところで、どうにもまた旗色が悪くなりつつあることに気付いた。
「ちょ、ちょっと待った!」
「だから待ったはなしだってば」
そう言いながら総司は容赦なく一手を進める。
「ほらほら、早く逃げないと君の武蔵が囲まれちゃうよ」
恐ろしく綺麗な笑顔を浮かべるこいつは真正のサディストだと思う。
早く次の手を打てと急かされて、白い駒――武蔵を動かす。
あ、まずい。
駒から手を離した瞬間、詰まれる位置に移動させてしまったことに気付いた。
慌てて元に戻そうと伸ばした手よりも先に、総司が黒い駒を動かす。
「はい、また美緒ちゃんの負けね」
左手に握ったままだった黒い駒をぼとぼとと畳の上に取り零しながら、私は涙目で総司を睨みつけた。
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