055 義理チョコ100円▽side:総司
炭だとか炭じゃないとか支離滅裂に喚き散らした美緒ちゃんは、おもむろに着ていたものを脱いで僕に投げつけると、走ってどこかへ行ってしまった。
がらぴしゃと玄関の戸が閉まる音がして、外へ出ていったことが分かる。
悲惨に荒れた勝手場を放って、一体どこへ行ったんだか。
取り残された僕は、小さくため息を吐いた。
ふと、足元に落ちている紙が目に留まる。
拾い上げると、幾つかの写真と細かい文字が行儀よく並んでいる紙切れだった。
「がとー……しょ、こら?」
紙の上部にでかでかとそう書かれた文字の羅列をゆっくり読み上げる。
この時代の文字は随分と角ばっていて、ひどく読み辛い。
意味の取れない語句も多くて、紙に書かれた内容を全部把握できた訳じゃないけれど、写真に沿って‘がとーしょこら’の作り方を説明している手順書のようだった。
手順書の中の完成図と、美緒ちゃんの作品は色や質感こそ違ったものの、同じ形をしていた。
これを作りたかったのか。
まだ温かさの残るそれを指先で突いてみると、爪の先に削れた黒い粉が入った。
焦げ臭さの残る室内に、さっきまでのやりとりを思い出す。
真っ黒な塊を口に含みながら怒る美緒ちゃんの顔が浮かんできて、つい噴き出してしまった。
確かに、無理矢理口へ入れられたのにはむっとしたけれど、まず自分でこんなものの味見したことに対して驚く。
とんでもない勇気だよね。
勇気、というより無謀かな。
彼女の突飛さが可笑しくて、見ていて飽きない。
一体どうやったらあんな面白い人格が出来上がるんだろう。
時代の違い?
それとも、彼女が特殊なのかな?
くすくすと思い出し笑いを楽しんでいたら、美緒ちゃんが帰って来た。
頬を真っ赤に上気させて肩で息をしている。
「こ、これ!」
手にした白い袋を押しつけられる。
袋の中には薄べったい箱。
「なにこれ」
「チョコ!この前の看病のお礼――と、バレンタイン」
「ばれんたいん?」
「この時代には二月にチョコをあげる風習があるの!」
「ふうん」
「た、たかが100円の義理チョコだから!」
良く分からないけれど、取り敢えずお礼を言って紙箱を開ける。
中には‘がとーしょこら’と同じ色の、でももっとずっと固そうな褐色の塊が入っていた。
用途は何なんだろう、なんて考えていたら、それは手の上で溶け始めた。
「うわ、ベタベタする」
「そりゃ、チョコだもん」
持ってないで食べなよ。
彼女がそう言って初めて、食べ物なのだという確信を得る。
端を齧ると、ぱきりと小気味いい音をさせて割れたそれが口の中にとろけるような甘さを広げた。
「美味しい?」
恐る恐るそう訊いた彼女に、にっこり微笑んで美味しいと伝えたらその顔は見る間に真っ赤に染まった。
なんで照れるの?
これが美味しいと恥ずかしいの?
「ほ、ほほほホワイトデーは三倍返しだからな!」
そんなことを叫びながら美緒ちゃんはそっぽを向いた。
ねぇ、ほわいとでーって何?
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