007 二日酔い▼side:美緒
「……さむっ」
余りの寒さに目が覚めた。
布団を探して足元に手を伸ばした私の身体から、ずるりと座布団が落ちる。
仏壇の前にあった筈の、座り潰されて薄っぺらくなった座布団を布団代わりにしていたらしい。
どおりで寒い筈だ。
ていうか、仏壇の前の座布団をかぶってるとかどういう寝相だよ。
布団を探す為に起き上がる。
ぐらりと脳が揺れた。
なんだこれ。
うわ、頭痛い。
ていうか、部屋中がアルコール臭い。
完全な二日酔いだこれ。
……サイテー。
げんなりしたまま、ふと自分の格好を見下ろして絶望的な気分になった。
外から帰って来たまま、コートのままじゃん私。
身体の下になっていたであろう部分は折れ曲がってくしゃくしゃになっている。
こりゃクリーニング行きかな。
つい最近下ろしたばっかりなんだけど。
意外と高いのに、コートのクリーニング。
がんがん痛む頭がずっしりと重くなってくる。
二日酔いと後悔の二重苦だ。
顔面に関しては、もう嫌な予感しかしない。
コート脱いでないんだもんね。
化粧落としてる筈ないよね。
鏡を見るのはやめた。
もっと頭痛くなりそうだったから。
(ええと、もうこれ以上の不始末はないよね……)
朧げな記憶を遡る。
亜矢たちと騒いで、いい気分で帰ってきて――誰かと喋った気がする。
ええと、誰だっけ。
なんだ、意外にフツーに話せるじゃんって思って……
いや、そもそもなんで帰って来てから誰かと喋ってるの?
え?誰か一緒に帰ってきて泊まってったっけ?
辺りを見回してみるけれど、誰も居ない。
居た形跡もない。
うん、確かに帰り道は一人で歩いてた気がする。
寒いけど梅の木の蕾が膨らみ始めたな、とか、月が円くて明るいな、とか思いながら帰って来た。
で、ばあちゃんのこと思い出して、仏壇に向かってただいまって言ったらなんかおかしかったんだよ。
そう、なんか――
ああそうそう、線香に火が灯ってて、なくなってた筈の火立が戻って来てて……
「あっ!」
そうだ、思い出した。
いつかの強盗がまた居たんだった。
なんか、すっごい綺麗な顔だった気がする。
色々喋ったんだけど……駄目だ、話の内容までは覚えてないや。
恐ろしい程に現実を受け入れてしまっている自分が居る。
色々と突っ込みたいところはあるけれど、突っ込みどころが多過ぎてなんだかもうどうでもいいような気がしてきた。
諦めて受け入れた、とも言うかもしれない。
えーそれにしても何しに来たんだろうあの人。
犯人は現場に戻るっていう、ミステリーの定番?
いや、違うか。
あぁ、ほら、なんかあれかな。
良心の呵責に苛まれて、火立返しに来たとか、そういう。
うん、実際に火立は戻ってきてるし。
そうだ、そういうことにしとこう。
それでめでたしめでたし。
なんか思い出せないし、思い出したら思い出したで自己嫌悪に陥りそうだからそれでいいや。
それが正しい。
ベストアンサー。
眠いし。
頭も痛いし。
鏡台の前に置いてあった化粧落としで適当に顔を拭って、もそもそと部屋着に着替える。
大雑把に布団を敷いて、その中に潜り込んだ。
あー暖かい。天国だ。
寝よう。
それが最善の選択。
「おやすみなさい」
仏壇に向かってそう話しかけると、そのまま何もかも忘れて私は微睡みの淵へと沈んでいった。
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