052 “僕の恩返し”▼side:美緒
クリスマスが終わったら大晦日にお正月にバレンタイン。
冬のショッピングモールはいつ行ったって煌びやかに賑わっている。
大抵いつも素通りするけれど、今年は私も他の女の子達と一緒になってピンク色が基調のチョコレート売り場に紛れこんでいた。
あいつは甘いのが大好物だから、ビターよりもミルクかな。
折角なら美味しいやつを食べさせて驚かせてやりたい。
装飾が綺麗なやつは――多分興味ないだろうからお金出すだけ無駄。
そんなことを考えながらぐるぐると売り場を行ったり来たりする私は、どこからどう見たってコイスルオンナノコの一人なんだろう。
そんな訳ないけどね。
鼻で笑ってやるわ。
あの日――オーバーワークで熱出してぶっ倒れた日、総司が来て、からかわれて悔しくて、布団の中で呪いの言葉を吐き続けていたらいつの間にか眠っていた。
子供の頃みたいにばあちゃんと手を繋ぐ夢を見ていたような気もするけど、よく覚えていない。
総司のことを放置して眠りこけていたなんて、申し訳なさ半分、無謀さ半分だったけど、流石の奴も病人をいたぶるような鬼の心の持ち主ではなかったらしい。
実際、朝目が覚めると枕元に水を張ったサラダボウルが置いてあって、私の額には冷やした布巾が載せてあった。
何故、布巾とボウル。
いや、うん、洗面器とタオルが見つからなかったのだろうけど。
その応用力には感服。
でもやっぱりちょっと可笑しい。
まあでも、あいつなりの優しさかな、なんて思うとちょっと嬉しくて、私も“鶴の恩返し”ならぬ、“僕の恩返し”がしたくなった。
カレンダーを確認したら、ちょうどバレンタインの数日前が満月になるみたいだったから、チョコレートでもプレゼントすればいいや、と思いついたのが先月のこと。
一月の末から、色んなところでバレンタインフェアが展開されていたけれど、なかなかあいつをあっと言わせられそなすごいチョコに出会えなくて、結局今に至る。
今日中に見つけないと、今夜総司が来る。
わざわざそこまでしなくても、と我ながら呆れてしまうけれど、電車で20分のここらじゃ一番大きなショッピングモールで私はチョコハンターになっていた。
(どうしたものかな)
もう随分長い間バレンタインデーなんてスルーしてきたから、今更どんなのを選べばいいかなんて見当もつかなくて困っていた。
なんか、ガチっぽいのは恥ずかしいし。
いや、きっと着物を着てるようなあいつらの時代にバレンタインデーなんてないんだろうけど、でもやっぱり時代は違っても気合の入り方の是非くらいは分かるだろう。
特に変に勘の鋭いあいつなら。
散々悩んで、売り場の隅の製菓材料コーナーに辿り着いた。
バラの砂糖細工、アザラン、カラースプレー。
可愛らしいデコレーションアイテムが所狭しと並んでいて思わず手を伸ばしそうになった。
いやいやいや。
普段からカップ麺くらいしか作らない私に手作りチョコなんて出来る筈がない。
そもそも、手作りなんてガチもガチ、超本命っぽいし。
ありえない。
ありえない、ありえない、ありえない。
自己暗示を掛けるようにその場を離れた、筈だったのに。
(一体何が起こった)
帰りの電車に揺られる私の手の中には、【簡単!手作りガトーショコラ】なんて書かれたピンクの可愛らしいパッケージがあった。
(ていうか――)
今から作って間に合うのか、これ。
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