050 発熱▼side:美緒
「ていうか、寝顔……見た?」
にこにこしている総司にそう訊ねると、満面の笑みで頷かれた。
不覚!一生の不覚――!
寝顔見られるとか最低だ。
すっぴんだし。
もう最低も最低、どん底。
これ以上無防備を曝したくもなくて、ぐらぐらする頭を抱えて起き上がろうとした、のに。
笑顔のままの総司に肩を押されて、呆気なく元の場所へ押し倒された。
「……なに」
怪訝な視線を送る。
そんな視線、意に介すことなくふわっと総司が覆い被さって来た。
揺れた着物から香る、夏の匂い。
総司の、匂い。
なぜだか、いつだってこいつからは夏の匂いがする。
春でも、夏でも、秋でも、冬でも。
晴れ渡った青い青い空とお日様の匂い。
萌えた緑の草の匂い。
見上げた顔にはいつも通りの穏やかな微笑が浮かんでいた。
総司の頭が電気の光を遮って、視界がほんの少し暗い。
なんなの、一体。
唐突の不可解な行動の意味が分からない。
その意味を見つけたくて、総司の目の中を覗いた。
いつもよりずっと近い位置にある、綺麗な翡翠色の瞳。
そこに映る、ぼんやりした私の顔。
瞳の中の自分を確認出来る程の至近距離――
それを意識したら、急に心臓が早鐘を打ち始めた。
ちょ、待て。
待て待て待て。
なんだこの体勢。
なんで覆い被さってきてんだおまえは。
押し退けたいのに、まるで重力が倍にでもなったみたいに身体が重くて動かない。
押さえ付けられている訳でもないのに腕が上がらない、身じろぎ出来ない。
両腕で私の頭を囲んだまま、じわじわと総司の端正な顔が近づいてくる。
お互いの吐息が混じり合う。
目を見開いた私の顔が静謐の満ちた瞳の中でどんどん大きくなって――
(キス、される)
咄嗟に抗うことも出来ずに、きつく目を瞑った。
そして、
こつり、額同士がぶつかった。
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