「おかえり。うわ、お酒臭い」
ちょうど入口から死角になる場所に、そいつは片膝をついた姿勢で座っていた。
その声には聞き覚えがある。
「あ、強盗」
お酒に酔った頭がそんな迂闊なことを口走らせた。
ひどいなぁ、僕は強盗なんかじゃないのに。
そう言いながら微笑を灯す顔は恐ろしく端正。
イケメン外科医だともて囃される友梨の旦那なんてメじゃない、と言ってしまってもいいくらい。
ただ、蝋燭の炎が映り込んだ瞳は欠片も笑っていなかった。
冷え切った、地底湖の水のような翡翠色。
別にその綺麗な顔立ちが損なわれるわけじゃないから、笑ってなかろうが仏頂面だろうが全然構わないんだけど。
もうひとつ気になったのは、その服装。
何故だか和服姿だった。
強盗が、和装。
そんな滑稽な姿に笑う気が起きないのは、その服装がとても様になっているからだろう。
これから時代劇に出る俳優です。
そう言われても頷けた。
不本意ながら目を奪われる。
頭がボーッとするのは、きっと酔いのせいだけじゃない。
うん、確実に。
面食いじゃなかった筈なんだけどなー、私。
もう少し冷静にその姿を観察していれば、腰に添えた左手がしっかりと鞘を握り、さりげなく膝に乗せた右手がいつでも抜刀出来るようになっていたのに気付いたかもしれない。
ただ、その冷静な洞察力を酔っ払いに求めるのもどだい無理な話で、美緒はへらへらと笑いながらぺたりとその場に座り込んだ。
酔いが回って、立っていることも億劫だった。
アルコールの力で白く霞んだ脳内では警報機が作動しないらしい。
「どうしてここにいるの?火立を返しに来たの?」
律儀な強盗ねぇ。
フランクな口調で問うてから、自己完結し、得心したと言わんばかりに頷く。
「だから強盗じゃないってっば」
結果的に火立は返しに来ることになったんだけど――って聞いてる?
小首を傾げる様が無邪気で可愛い。
長身とは不釣り合いの子供っぽい仕草に淡いときめきを覚える。
大人っぽい人が好みだった筈なんだけどなー、私。
聞いてる?と再度首を傾げた彼に曖昧に頷いた。
「聞いてなかったよね、今」
あーあ、これだから酔っ払いの相手は嫌だ。
呆れたように一人ごちて、彼は嘆息した。
「僕からも君に質問していいかな?」
君の返答次第で、君の質問の答えにもなると思うんだけど。
そう言って、彼は笑顔に見える表情を浮かべた。
幾らでも答えましょう、私に答えられることならば。
あ、でも今日は随分酔っ払って頭回んなくなってるからあんまり難しい質問はしないでね?
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