望月の訪問者 | ナノ

047 目撃者


▽side:総司



轟音が消え、足の裏に再び畳の感触が戻ってきて、僕はゆっくり目を開いた。

部屋の中が身震いする程に寒い。

さっきまで、温かい美緒ちゃんの部屋にいたから余計にそう感じるのかな。

ああ、違うや。

半開きになった飾窓が目に入った。

そういえば、開けっ放しにしていったっけ。

吹き込んでくる風を締めだす為に窓際まで歩み寄る。

冷たい空気が肺に流れ込んできて、思わず咳き込んだ。

けんけんと胸に響く咳が煩い。

ここ最近、急に寒くなったからかよく咳が出る。

咳ばかりしているから、喉がひりひりと痛んだ。

風邪でもひいたかな。



「ねえ、千鶴ちゃん。喉にいいのは生姜だったよね?」



返事はない。



「そこは寒いでしょ?取って食いやしないから、入っておいでよ」



言いながら、飾窓の障子を閉める。

火鉢の中に僅かに残った火種に炭を足ししていたら、静かに襖が開いた。

寒さで頬と指先を真っ赤にした千鶴ちゃん。

失礼します、と小さく呟いて部屋に入って来ると、僕の隣にそっと座った。

ことりと炭の折れる音だけが部屋に木霊する。

ああ、‘すとうぶ’は温かかったな。

火鉢とは全然違う。



「いつからあそこにいたの。手が真っ赤だよ」



火種に手をかざしもせず、苦しげに押し黙ったままの彼女に声を掛ける。

けれど、答えはない。

ただ、大きな瞳がじっと僕を見ている。



「僕の顔に何かついてる?」



「いえ、あの――」



何か言いかけて、また口を閉ざす。

随分長い間を置いて、ようやく決心したように彼女は顔を上げた。

私、見たんです。

か細い声がぽつりとそう零す。



「沖田さんが、まるで煙の様に消えてしまうのを見ました」



今日と、秋の夜と、二度。

その言葉に、少し前、時を渡る時、視界の隅に見えた桜色に合点がいった。

やっぱりあの時見たのはこの子の着物の色だったのか。



「誰かに、言った?」



いいえ、と彼女は緩く首を振る。



「言っても、信じてもらえないと思ったので言ってません。一度目は、私も自分の目が信じられませんでしたし」



「そう。いい子だね」



僕はにっこりと笑顔を作る。

確かに、この不思議な出来事が誰かの耳に入ったら面倒だ。

説明を求められたって、答えは持ち合わせていないし、行くなと言われたって、僕の意思でこちらに留まることは出来ない。



「これからも、誰にも言わないって約束できる?」



言ったところで、誰も信じないだろうしね。

ここの連中は、君みたいに何でも受け入れられる素直さは持ち合わせていない。

いい意味でも、悪い意味でも。



「沖田さんが言うなって言うんでしたら、誰にも言いません」



でも――

不安そうな瞳が僕を捉える。



「一体、何が起きているんですか?」



「君は、何が起きていると思う?」



「……見当もつきません」



ちょっと困った顔で、彼女はそう言い切る。

当たり前だよね。



「未来に行ってるんだ。150年後の未来に」



そう言って笑んだ僕に、彼女はますます困惑した視線を送って来るばかりだった。


81/194




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -