046 失せ物まじない▼side:美緒
「清水や音羽の滝は尽くるとも、失せたるものの出ぬはずはなし」
唐突に総司が短歌だか俳句だかを吟じ始めたから振り返った。
源氏物語なんかじゃラブレター代わりに歌を贈ってたけど、本当に昔の人って日常的にそういうことするんだ。
ていうか、こいつが歌詠みするとかちょっと意外、っていうか、面白い。
絶対風流とかとは対極に居るような奴だと思ってたのに。
「なにそれ、どういう意味?」
「知らない?失せ物まじない。唱えながら探すと見つかるよ」
なんだ。
何か思うところがあったから即興で作ったのかと思った。
ただの誰かが作ったなじないの文句か。
ていうか、その呪文は今の私に最も必要なものでは。
いい加減、目薬が見つからなくて苛々し始めていたから、藁にもすがる思いだった。
「もう一回さっきの言って」
「清水や音羽の滝は尽くるとも、失せたるものの出ぬはずはなし」
「清水や、おとわの……滝の?」
「音羽の滝は尽くるとも、失せたるものの出ぬはずはなし」
「清水や、おとわの滝はつくるとも――ええっと、失せたるもの、の、出るはずは……なし?」
「出てこなくてどうするの。出ぬはずはなし、でしょ」
「清水や、おとわの滝はつくるとも、失せたるものの――出ぬはずはなし!」
「そう。上手上手」
つっかえつっかえしながらも、どうにか唱え終えると、総司の顔に笑みが浮かんだ。
途端に頬が熱を帯び始めたのを感じたから、慌てて背を向ける。
このところ、時折見せる総司の柔らかい笑顔にどうも気持ちがかき乱され勝ちだ。
野良猫がほんの少し懐いた嬉しさというか、照れくささというか。
「でも、そんなにたどたどしいと、見つかるものも見つからなくなりそうだね」
そう言って、彼はにんまりと笑みを深めた。
あああ、前言撤回させて下さい。
小さく欠伸を噛み殺しながら憎まれ口を叩く野良猫に、なんの愛着も湧きません。
ただそのちょっとばかり麗しい見て呉れに騙されてるだけ。
そうに違いない。
うん、危うくまた騙されるところだった。
結局、私のたどたどしい言い方が悪かったのか、部屋中の引き出しという引き出しをひっくり返し尽くした頃、総司の手の中にある目薬を発見した。
どうしたのそれ、なんて尋ねると、美緒ちゃんが探している間に転がって来た、なんて言う。
ああ、脱力。
今度から探し物をする時は、探しているものの形状やなんかを忘れず総司に伝えることにしよう。
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