不機嫌の理由(1/3)斎藤と恋仲になってしばらく経つ。
しばらく経つけれど、斎藤の私に対する“女扱い”にはいつまで経っても慣れない。
幼少の頃から兄さま達と一緒に男同然に育てられてきた。
だから新選組に入った後、女と気付かれてからも男として扱われることを望んできたし、皆その希望を尊重してくれていた。
斎藤は初対面から無愛想ながら紳士的だったし、そういう点では今も昔も変わらない。
けれど、関係が変わってから、時折見せる甘ったるい表情や優しい視線がこそばゆくて、少しだけ居心地悪かった。
それ故に、と言ってしまえば申し訳ないのだけれど、その照れ臭さに耐え切れなくて、この頃ではどことなく斎藤を避けている。
なんとも情けない話だけれど、どうにも自分は色恋に向かない性質らしい。
「総司。手合わせしてよ」
「えー」
「何その『えー』って」
「だって葵さんの剣筋は曖昧でじれったいから」
「ははっ、曖昧ね」
総司の言葉に思わず苦笑する。
腕力や俊敏さにおいて女である私が彼らに勝ることは到底不可能。
ならば、と身につけたのが柔の剣とでも言うんだろうか、相手の重い太刀筋を受け入れ受け流しして調子を崩し、その隙を狙う戦法だった。
神道無念流や天然理心流のような剛直で荒っぽい剣を振るう彼らにしてみれば、なんとも姑息に見えるのだろう。
そんな姑息な手段を用いても、どうにか負けない程度、でしかなかったけれど。
勝つなんて、とても。
「私の練習に付き合うと思ってどうかひとつ。この通り!」
「……仕方ないな、一本だけですよ」
嘆息しながら総司が道場の中央に歩み出る。
私もそれに従い、彼と向かい合ってから木刀を構えた。
一試合終えて休んでいた隊士の一人がこちらにやって来て、判定役を買って出てくれる。
鋭い開始の合図と同時に、膨らませた殺気を一気に爆発させた総司を見据え、ゆっくりと足を運んだ。
じわりと弧を描くように進めば、同じような動作で相手も動く。
間合いを保ったまま互いに半円を描いてから、先に仕掛けてきたのは総司だった。
高い掛け声と共に、平正眼に構えた木刀を突き出す。
それを寸でのところでかわし、次に来る横へ薙ぎ払う動作に備え、立てた刀で障壁を作った。
それを予測していたのか、手首を返し、諸手で柄を握った総司の刀の重さがずしりと私を攻める。
少し不自然な体勢での鍔迫り合いとなるが、押し負ける前に刀を倒し、かかっていた負荷を外へと流した。
その流れのまま身体を反転させ、少し低くなった面を狙う。
けれど、それより一拍早く体勢を立て直した総司が間合いに踏み込み、目で追うのがやっとの速さで籠手をもっていかれた。
「そこまで!」
試合終了を知らせる声に、荒れた息を飲み下して元の位置に戻り、一礼する。
それなりに善戦したつもりではあったけれど、やはり新選組随一の使い手である一番組組長の反射速度には敵わない。
「相変わらず容赦ないな」
「あれ、いつだって籠手しか取らせてくれない人がそれを言っちゃうんですか?」
揶揄するように総司が笑う。
「でも、冷やした方がいいかもしれませんね。ほら」
「いっ……!」
総司が掴んだ腕に激痛が走り、飛び上りそうになる。
私の腕を掴んだのとは反対の手がするすると器用に籠手の紐を解けば、さっき打たれたところが赤く腫れ始めていた。
本当に容赦ない。
稽古は寸止めが基本だっていい加減覚えなさいな、なんて文句を言ってやろうと目線を上げたら、途中でその肩越しにこちらを見ていた斎藤と目が合った。
どきり、と心が跳ねる。
まずい。
何がまずいのかは分からないが、反射的に目を逸らそうとしたら、先にあちらがふいっと視線を外した。
意外な反応に虚を突かれる。
いつもならそこは柔らかい笑みが返ってくる場面なのに。
その反応をいつも居心地悪く感じている癖に、いざ目を逸らされるとどうにも切ない。
ずきずきと痛むのは腕か胸か。
「冷やしてくる」
ゆっくり総司の手を解く。
理解不能な感情を含んだまま、私は熱を持った腕を抱えて井戸に向かった。
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