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蝉捕り


にいにいと蝉がうるさい。

じりじりと温もり始めた部屋の空気を逃がそうと襖を開け放っているのはいいけれど、藪蚊が入ってくるのと、蝉の声がうるさいのはどうにも頂けない。

ゆるゆると団扇で首筋を仰ぎながら汗で濡れた肌に風を送っていたら、やけに足取り軽い総司が目の前の廊下を通り過ぎていった。



「総司」



「あ、葵ちゃん」



額に汗を浮かべながら総司はにこにこ機嫌よく笑っている。



「なんかいいことあった?」



「これからちょっと面白いことがあるんだよ」



そう言って、手にした虫籠を揚げて見せた。

何か面白いものが入っているのかと興味を惹かれて覗き込んでみたものの、中は空。



「何も入ってないじゃん」



「これからみんなで捕りに行くからね」



真っ黒い笑みを浮かべる。

みんな、というのは恐らくいつも“遊んでもらっている”らしい壬生寺にやってくる子供たちのことだろう。

暑いのによくやるよと呆れながらも、風の通らない屯所でだらだら過ごすよりも木陰の多い壬生寺に出向いた方が涼しいかもという打算で、総司のお伴をすることにした。

屯所から寺までのほんのわずかな距離を歩くだけでも着物の中は汗でじっとりと濡れる。

出来るだけ凶悪な日差しを浴びないよう影を選んで総司の背中を追った。



「そうじ!」



既に境内に集まっていた子供たちは、私たちの姿を見つけるとわっと駆けて来る。

みんな、その両手には何か黒いものを握っている。



「来るの遅いからもういっぱい捕まえちゃったよ」



そう言って目の前に突き出されたのは大きな熊蝉。

早く早くと急かされた総司の差し出した虫籠に、小さな手が次々蝉を押し込んでいく。



「まだいっぱいいるから!」



そう言い置いて子供たちはわっと茂みの方へ駆けて行った。

総司の手の中では、狭い場所へ押し込まれたことへ抗議するような喧しい蝉の合唱が始まっていた。



「そんなにどうするの」



まさか、夕餉の佃煮にするとか。

とんでもない味付けをした料理の数々を披露するこいつのこと、食べられるならいいでしょといつその大雑把さが食材の方へと向いてもおかしくない。

慄きながら問うたけれど、その返答はさぁねの一言で済まされ、余計に不安が募る。

結局、日暮れまでに子供達が集めてきた蝉は、遠目に見ると虫籠が真っ黒に見えるほどの量だった。

寺の鐘が鳴り、手を振りながら返っていく子供たちを見送ってから、私たちも屯所へと足を向けた。

ずっとうるさかった籠の中の蝉も、今は時折ジジジと苦しげにうめくばかりで大人しいもの。

今日の夕餉の当番ははじめくんと千鶴ちゃんだったか。

こいつは絶対に勝手場には近づかせまいと決意して、影法師を踏みながら屯所に戻る。

玄関で雑に足を拭いて廊下にあがると、部屋に向かう。

食事まではまだしばらく時間もあるし、今日一日怠けた書類仕事を少しでも片付けようか、などと総司の後ろを歩きながら考えていたら自分の部屋を通り過ぎていた。

総司の部屋も。



「ちょ、どこ行くの」



そう問うても、内緒、とにやにやするばかり。

この先には局長、副長、総長の部屋が並ぶ。

もしや、と確信めいた予感を覚える。

案の定、総司の立ち止ったのは土方さんの部屋の前。

何の躊躇いもなくその襖を開いた。

細い隙間から垣間見えた主の居ない部屋は、今朝慌てて出掛けたのか少し雑然とした印象。

その隙間に虫籠を持った手を差し入れて、総司はそっとその入り口を開けた。

途端に、おびただしい数の蝉が部屋の中へ飛び立つ。

見る間に部屋の柱という柱に蝉がへばりついている、恐怖部屋が出来上がった。



「……気持ち悪い」



「こんな部屋に住む人の気が知れないよね」



くすくすと‘こんな部屋’を作った張本人が他人事のように笑う。

本当にこの子は、とは思うけれど、一緒になって笑う私も同罪か。

土方さんには申し訳ないが、悪戯を仕掛けられる度、素直な反応を返す方も悪い。

あれじゃ、全力で弄ってくれと言っているようにしか見えない。

つい可笑しくて、総司に加担してしまうのはいつものことだ。



「きっと夕餉までには帰ってくるから」



僕の部屋から覗いてようよ。

そう言った総司の提案を快く受け入れて、二人して部屋に籠った。

暑さにだれていたことなどすっかり忘れている。

それから、屯所中に響き渡る程の怒声に追われ、笑い転げながら部屋を逃げ出すまで、半刻も待たなかった。



(土方さん、ごめん。でもやっぱり可笑しい)


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