たけのこども「だれかー手伝ってくれー」
哀れっぽい声が外から聞こえてきたから、なんとなく暇だったしでぶらりと庭に回った。
「左之。なにしてるの」
「あー、葵が来ちゃったか」
「私だと悪いんか」
まぁな、と言葉を濁しながら左之は肩に担いだ竹を見上げる。
見るからに男手というか、力仕事を要求してきそうな大きな竹。
ていうか、なんで竹?
しかもこんなでっかいの一体どこから持って来たんだ。
真っ直ぐ立てると、屯所の屋根を超えそうな位だった。
ここまでずるずる引き摺りながら持って来たんだろう、竹の先の方は土にまみれて茶色く汚れている。
「まぁ、葵でもいいか」
失礼な物言いをしてから、手伝って、と空いた方の手に持っていた木槌を放って寄越す。
ぶん、と空気を切る音に慌てて受け止めた。
危ないな、もう。
「これ打ち込んでくれ。深くな」
これ、と足の先で指示したのは太く長い木の杭。
一体何がしたいのか。
「その担いでるもの下ろして、自分ですればいいじゃん」
「ばか、土で汚れちまうじゃねぇか」
そんなこともわからないのか、と言いたげな顔をする本人は、既にその大半が土埃に汚れていることには気づいていないんだろう。
まぁいいや、後で泣けばいい。
渋々縁側から降りて、地面に転がる三尺はあるだろう木杭を拾い上げた。
片手で扱えるこの木槌で打ち込めというのはどだい無理な話。
こんなもの邪魔なだけだとばかりにぽいと投げ棄て、木杭を両手で持つと高く振りかざした。
「……葵?」
困惑する左之の声を無視して、よろける足を踏ん張る。
重たい材木が地面の方へと引っ張られる力に任せて渾身の力で腕を振り下ろした。
ぶすり、とほんの少し斜めに傾いて木杭は細く尖った先の方だけを土の中にめり込ませる。
ぐらぐらと危ういけれど、まあ立っているから良しだろう。
「出来た」
「出来てねぇだろうが。あ、おい、新八」
呆れながらため息を吐いた左之は、たまたま通りかかった新八を呼び止める。
「ちょっとこの杭しっかり埋め込んでくれ」
「お、笹か?」
腕まくりしながらにこにこ顔の新八が縁側から降りて来る。
私が放り投げた小さな木槌を取り上げて、地面からにょっきり生えた木杭に打ち付ける様はものすごく滑稽。
ちっちゃ過ぎるよ、木槌。
それでもどんどんと杭は地中深くへと沈んでいくんだから、流石の筋肉と言ったところか。
いや、違う。
待て待て待て。
さっき、聞き捨てならない発言を耳にした気がするんだけど。
「……笹?」
「ん?なんだ?」
「今頃気づいたのか?滅多と見ない立派な笹だろ?」
ただ図体ばかりがでかい馬鹿二人が無邪気に笑んでいる。
子供みたいに無邪気なことを言いながら。
でも違う。
間違ってる。
大人としてその間違いは恥ずかしい。
「それは竹。笹はもっと小さくて細いよ」
そう言う私に訝しげな視線を送ってくる馬鹿二人。
その瞳が、何を言っているか分からない、と無言の内に物語っている。
あああ、なんでここに平助が居ないんだ。
なんとなく、平助が一番よく物を知っている気がする。
人間として生きていくのに一番大切な生活の知恵とかそういうの。
どうだろう、あいつはあいつで天然だし微妙な線だな。
まあいいか。
「そんな顔しても竹であることは変わりない」
笹は竹の子供だろ、騙されねぇよ!などと文句を垂れる二人の声は聞こえないふりをして、違うものは違うと主張する。
この馬鹿二人も私の話は全く聞こえていないようだったけれど。
しばらく庭先でぎゃあぎゃあと不毛な言い合いをしていたけれど、まぁまぁ、という新八の年長者らしい仲裁にちょっと口を噤んだ。
「細けぇことはどっちでもいいじゃねぇか」
にかっと新八が笑う。
左之もそうそう、なんて言いながらそれに追従する。
細かくないっつの。
白飯と麦飯くらいの違いがある。
そういうと、三人の腹がぐぅと鳴った。
夕餉の時間も近い。
腹の減っている時に無駄な言い合いをして体力を削るのも得策じゃないな、と双方痛み分けということで引き下がる。
ちょっと納得いかないけれど。
「兎に角、でっかくて天に近い方がお星さんに短冊が近くて願い事も叶いやすいってもんだろ」
空を指差す左之の“短冊”の言葉で、今日が七夕であったことに思い至る。
ああ、確かに。
あんたたちのでっかい願いは華奢な笹では支えきれそうもないかもね。
でも――
「笹と竹は別物だからご利益があるかどうかは怪しいね」
「これは笹の大人だから大丈夫!」
(竹の子供は筍だと思う)1/1