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きみ攻略マニュアル


「お邪魔します」



そう言って玄関から声を掛けたのに、珍しく返事がない。

勝手知ったるでずかずかとあがりこんだら、斎藤くんは机の上に分厚い説明書を広げてせっせと読み込んでいた。

それ、面白い?

そう声を掛けるとようやく顔を上げる。

来ていたのか、なんて今更のように言われるとちょっとムッとする。

彼女の声よりも説明書の方に気を取られてたんだ。

ふうん。



「それ、面白い?」



もう一度、同じ質問を投げかける。

それ、と指された分厚い説明書をちょっと持ち上げると、斎藤くんは少し考えてから答えた。



「……面白くはない」



「良かった。読書としてこういうジャンルもあり、とか言われたらどうしようかと思った」



私の返答に少し変な顔をする。

多分、読書としてこういうジャンルもありなんだろう。

変な人。



「説明書なんて読む必要なくない?」



敢えて深く突っ込まずに話題を変えた。

斎藤くんが変なのは今に始まったことじゃない。

今更突っ込んだって仕方ない。



「何故そのように思うんだ?」



「なんとなく使ってれば分かるし。そうじゃない?」



「大半は分かる。がしかし、マニュアルに目を通さねば知りえない有益な情報も多々あるだろう」



「それはそうだけど」



確かに、何となく開いたページに、こんな便利な使い方があったのか、なんて目からウロコな場合もある。

でも、読まなくても何となく分かる機能の説明の方が多くて、労力と報酬が微妙に見合っていないと思う。

斎藤くんみたいに趣味で説明書を熟読するような人でもない限り。



「まぁいいや。斎藤くんがそうしたいなら、気が済むまで読めばいいじゃん」



そう言えば、斎藤くんは小さく頷いてまた説明書に目を落とす。

別に今読めなんて言ってないんだけどな。

やっぱり、遊びに来た彼女よりも説明書の方が気になるんだ。

面白くない。



「説明書ばっか読んでないでさ、一緒に遊ぼうよ」



「……今、気が済むまで読めと言ったのはあんただろう?」



「それは言葉のアヤって言うか、ニュアンスが違うっていうか」



「よく分からない」



「すごく単純だと思うんだけど……」



そう言ってやると、斎藤くんは腕組みをして黙ってしまった。

時々、彼が空気の読める人なのか読めない人なのか分からなくなる。

空気は読めても行間が読めないっていうか。

土方さんなんかとはしっかり会話が成立してるんだけど、時々私とは成立しない。

男の友情?絆の固さ?

ちょっと妬ける。

しばらくの沈黙の後、答えが出なかったらしい斎藤くんは少し困った顔で口を開いた。



「どれだけ一緒にいても時々あんたが分からなくなる。あんたの取り扱いについて書かれたマニュアルがあれば、俺は何に代えても手に入れたいと思うのだろうな」



期せず、同じようなことを考えていたらしい。

それを知って、私の顔が勝手に緩む。

我ながら現金だな。

まぁ、好きだから仕方ないんだけど。



「私の取り扱いなんて簡単だよ」



葵って呼んで、ぎゅっとして?

そう言ったら、斎藤くんは顔を真っ赤に染めて「そうか」とだけ呟いた。



(……マニュアルがあっても、使いこなせてないなら意味ないじゃん)



企画 夢泡沫 さまへ提出



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