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不機嫌の理由(3/3)


高野豆腐が昼餉の膳に並んでも斎藤の機嫌は直らなかった。

それなら他に彼の喜ぶものは、と考えて“あれ”に思い至る。



「斎藤、ちょっと付き合って欲しいんだけど」



先程から私室に戻って来ていたのを気配で感じていたから、襖越しに声を掛けた。

何だ、と無愛想な返事が返ってくる。



「新しい刀をひと振買い求めたいんだけど、目利きしてもらえないかな」



斎藤は無類の刀好きだ。

隊士が新しいものにした、と聞けば誰よりも先に飛んで行って矯めつ眇めつしているのを知っている。

その時の瞳はまるで無邪気な童同然で、平素の彼からは想像も出来ない程に表情豊か。

恐らく、本人は気付いていないのだろうけれど。

新しい刀が欲しいのは嘘ではないし、彼の目利きはとても頼りになる。

いつもの彼らしくない不機嫌を突破出来るかもしれないという淡い期待も交じれば、それに縋らない手はない。



「……斎藤?」



けれど私の予想に反して、隣室から返事が返って来ない。

もしや気配の読み違いだったのかと不安になって細く襖を開ければ、すぐに深紺の瞳とぶつかった。



「いるんじゃないか、返事くらいしなさいな」



どこか暗い色を湛えた瞳を窘めれば、斎藤は静かに目を伏せた。

その様は大層切なげで、私の中に戸惑いの感情が生まれる。



「何?」



何か言いかけて口を噤んだ斎藤に言葉を促す。

けれど散々悩んだ後、結局斎藤は口を噤んでしまった。



「刀を見に行くのだろう」



そう言って立ち上がった彼に、釈然としないまま従う。

玄関で草鞋を履いていると、ゆっくりとした足音と共に総司がぶらりと顔を出す。



「あれ、出掛けるんですか」



「新しい刀が欲しくてね」



「ふうん。暇だし僕も一緒に「総司」



総司の言葉に被せるように言葉を発した斎藤が、私と彼の間に立ち塞がる。



「あんたは夕餉の当番だろう。夕方までに戻ってこれるか分からぬから留守番をしていろ」



「夕方までって――まだ正午過ぎなんだけど?」



一体何軒梯子するつもり?

総司の声に笑みが含まれる。

揶揄するような響きも。



「もしかして、他の用もあるのかな――逢引とか」



「なっ……!」



言葉に詰まった斎藤の耳朶が赤く染まる。

ニヤニヤ顔の総司がそれを見逃す筈もなかった。



「ふうん、そういうこと」



「あんたには関係ないだろう」



「そう?関係なくもないと思うけど」



行くぞ、と総司を無視して斎藤は私の手を取ると玄関を出てさっさと歩き始める。

そんな私たちを、あがり框に立ったままの総司が悪戯っぽく見送った。



「ちょ、ちょっと斎藤」



ぐいぐい腕を引かれて早足で歩いている内に足がもつれて転びそうになる。

思わず前を行く斎藤を呼び止めると、ようやく我に返ったのか、こちらを振り返った。



「す、すまん」



「今日は一体どうしたの」



再度の同じ問いに、また沈黙が落ちる。

今度は、しばらく待った後に答えが返ってきた。

全く方向の違う答えだったけれど。



「あんた、総司のことは名前で呼ぶだろう」



ならどうして俺のことは――

そこまで言うと、ぷいと前を向いてしまう。

呼び方が一体どうしたのか。

首を傾げてそのうしろ姿を眺める。

ふと、またその耳朶が赤いことに気付いた。



「斎藤、照れてるの?」



返事はない。

けれど、それがその事実を肯定していた。



「……あまり他の男に触れさせないでくれ」



それが、今朝の総司との稽古を言っているのだとすぐに分かった。

くくく、と喉から笑いが漏れる。

しまった、と思った頃にはもう遅く、こちらを振り向いた斎藤の恨めしげな瞳に囚われてしまった後だった。


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