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不機嫌の理由(2/3)


(……おかしい)



朝稽古を終えてから、斎藤と一度も会っていない。

普段は、巡察に出る前や書類仕事の合間など、何かと理由を作ってはちょくちょく私の部屋に顔を出していた男が、今日は来ない。

特別忙しい日ではない筈だ。

屯所内はいつも通り、至って静かで至って騒がしい。

こうもあからさまならば、幾ら鈍い私でもたまたま会わないのではなく避けられているんだということに気づく。

それは、余りにも斎藤らしくない避け方で少々納得がいかなかった。



(何か怒らせるような事でもしたかな)



首を傾げながら半日分の自身の行いを振り返るが、特に思い当たる節はない。

昨晩は寝る前にふたりで縁側に並んでぼんやり空を眺め、当たり障りのない話を少ししただけ。

別れ際も穏やかに就寝前の挨拶をして、お互い自室で床に就いた。

その時は至っていつも通りだったから、何かあったとしたら朝稽古でしかないと思う。

けれど、そもそも朝から挨拶以外の言葉を交わしていないのだから機嫌の損ねようもない。

入隊してから長らく、斎藤の小姓として働いてきたから、感情をあまり表に出さない彼のこともそれなりに理解しているつもりだったけれど。



(所詮は他人。全てを理解していた訳ではない、か)



好いた男を“他人”と割り切ってしまう自分にいささか閉口しなくもないが、兎に角、原因が分からないのでは対処のしようもない。

ただ単純に夢見が悪かったとかで機嫌が悪いだけなのかもしれないし。

取り敢えずは様子見かな、と出掛ける準備をする。

昼餉の膳に高野豆腐でもつけてやれば機嫌も直るかもしれない。

何せ彼は豆腐の類に目がないのだから。

いつもの表情の分かりにくい顔に嬉々とした色を浮かべて高野豆腐に箸をつけている姿を思い返して少し笑みながら私は玄関へと急いだ。


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