この世界には三種類の人間がいる。
 強靭な肉体と優れた身体能力、高い知能を持つ、少数の優性人種、アルファ。唯一雌雄の別を持ち、三種類の人間の中で最も数の多い中間層、ベータ。そして、全てにおいて他のふたつの人種に劣る、中性的な容姿のオメガ。
 アルファには雄しかいない。それと対をなす様に、オメガは無性別である。成人しても華奢な少年の様な、発育前の少女の様な、雄でも雌でもない身体つきをしており、雄の象徴であるペニスも、雌の象徴である豊かな乳房も無い。その代わりに全ての個体が子宮を持っている。故に、アルファはオメガの中から伴侶を見つけ、種付けをする。稀にアルファとベータ、ベータとオメガが恋に落ちる事もあるが、そのふたつの種族間では出生率が極端に低い。
 だから、アルファとオメガが契りを結ぶ事に、彼らは何の疑問も抱かない。種の存続の為に、ベータの雄と雌がそうする様に、ごく自然な営みとして、彼らは交わる。発情期ともなれば、オメガは焦がれる様にアルファを求める。
 だが、決定的な力の差が、時として悲劇を産む。精力を持て余した残忍なアルファは発情期を終えたオメガを悪戯に凌辱する。孕む恐れのないオメガは彼らにとって格好の遊び相手だった。
「おい、お前」
 彼が突然背後から声を掛けられたのも、漸く発情期を終えたばかりの、未だ気怠い熱の残る身体を引き擦っている時だった。雨の降る夜だった。発情期を迎えたオメガは、猫にとってのマタタビの様な特有の色香を発する。それがアルファを否応無く惹きつけてしまう。
 振り返るまでもなく、声を掛けてきた男の声はいやらしい下卑た笑みを含んでいた。雨のお陰で幾分か薄れていたものの、微かに残っていたのであろう色香と、一目でオメガと判る身体つき、男の意図は明白だ。
 クローヴィスは身体を翻すと同時に銃を抜いた。振り返りながら、狙いを定める。問答は無用だ。そんな猶予は自分の首を絞めるだけだと、痛い程に知っていた。彼は一切の迷いなく、殺すつもりで引き金に指を掛けた。
 だが、アルファの男は恐ろしい敏捷さで詰め寄り、銃を握る彼の右手を蹴り上げた。辛うじて放った一発は、虚しい残響を残してあらぬ方向へと飛んでいき、跳ね上げられた銃は空高く舞い、地に落ちる。
 男は間髪入れずに彼の身体を壁に叩きつけた。
「っ………」
「俺に刃向うとはいい度胸じゃねぇか」
 オメガの分際で、という言外の嘲笑が滲み出ていた。クローヴィスは口惜(くや)しげにくちびるを噛み、鼻に皺を寄せた。自由を奪う男の手から逃れようともがく。だが、圧倒的な腕力の差の前では、得物を失くした彼に抗う術はない。腹を殴られ膝を折った所に、容赦無く蹴りを食らわされた。
 最初のひと蹴りはどうにか腕で受け止めた。骨が鈍い嫌な音を立てた。彼は泥濘(ぬかる)んだ地面に蹲ったまま、頭を庇う。雨が無慈悲に降り注ぐ。防御が手薄になった脇腹を再度蹴りが襲う。靴の形に凹んだのではないかという程強かに蹴り飛ばされ、クローヴィスは呻き声を上げて遂に倒れ伏した。
 泥水と血の味が口の中に広がる。痛みの所為で意識が朦朧とするが、もう何処が痛いのかも判らない。
 どうして。
 込み上げるのは、宛てのない口惜しさばかり。
 男は、地面に頬をつけて力無く横倒る彼の髪を掴み、乱暴に持ち上げた。
「ぅ……」
「ほら、しゃぶれよ」
 薄らと開けた眼の前に突き付けられた、凶悪な雄の象徴。霞む視界にさえ、それは圧倒的な存在感と輪郭を持って映る。
 男は優越感と興奮に満ちた笑みを浮かべながら、弱々しく顔を背けたクローヴィスのくちびるにペニスを押し宛て、捩じ込んだ。
 クローヴィスはくぐもった悲鳴を上げる。口の中に押し込まれた肉棒の所為で、それは殆ど声にならなかった。
「しゃぶれっつってんだ。もっと舌使え」
 吐き出そうと嘔吐(えず)く彼を尻目に、男はぐいと腰を突き出す。顔を背けさせまいと、彼はクローヴィスの髪を掴む手に力を籠めて頭を引き寄せた。
「俺を楽しませろよ」
 飲み込む事を許されない唾液が口の中に溢れ、男が激しく出し入れする度に卑猥な音を立ててくちびるの端から零れ落ちる。
「んぁ……」
 ただでさえ外れそうな顎を更に押し広げる様に、ペニスが質量を増す。男は息を乱しながら、満足げに口の中からそれを引き抜いた。
 男は漸く髪を掴んでいた手を放す。彼は、唾液を喉に詰まらせて噎せるクローヴィスを引き倒し、馬乗りになった。
「っつ…」
 地面に叩きつけられた衝撃で身体の至る所に電流の様な鋭い痛みが走る。抵抗しようと試みるが、左腕が全くいう事を聞かない。残った右腕を闇雲に動かして拘束から逃れようとするが、男は容易くその手を払いのける。男は舌打ちを洩らすと、彼の顔面を殴りつけた。
「大人しくしてろ」
 軽い脳震盪を起こし、四肢がぐったりと投げ出される。視界が揺れ、痛みばかりが鮮明な身体には力が入らない。
「放…せ…」
 譫言(うわごと)の様に呟いた掠れた声は露程の抑止力も持たず、無視したのか本当に聞こえていないのか、男は欲に塗れた瞳をぎらつかせながら、彼の服に手を掛け、引き裂いた。はだけられた胸に冷たい雨が打ちつける。
 あぁ、まただ。
 この、優越感に満ちた眼差し。
 アルファだというだけで己を何か高尚な生き物だと思い込み、オメガを自らの欲を満たす道具としか見ていない、この蔑みの眼差し。
 何度この屈辱に耐えればいいのか。
 何度この屈辱に耐えねばならないのか。
 ズボンと下着を脱がされ、脚を広げられる。
「やめ、ろ…」
 蚊の鳴く様な弱々しい声は、雨音に掻き消され、最早自分の耳にも届かない。
「俺に刃向った罰だ」
 男は相変わらず下品な笑みを浮かべながら、ほぐしも慣らしもせずにいきなり彼の性器に昂るペニスを押し宛てた。
 何度も何度も身体を開かされてきた。
 身勝手な理由で、理不尽に、何度も、何度も。
 だからペニスを受け入れる事には慣れている。
 だが、乾いて閉じたままの性器に強引にペニスを貫入され、受け入れる準備のできていない粘膜は痛みを伴って悲鳴を上げる。
「ぅあぁっ」
 男は乱暴に腰を進める。苦痛に歪む顔を愉快げに見下ろし、舌舐めずりする。
 奥を突かれ、刺激を受けた粘膜が今更の様に膣液を分泌させる。好き勝手に暴れ回るペニスに掻き回され、身体の中でぐちゃぐちゃと嫌な音を立てるそれは、それでも痛みを僅かに和らげた。
 朧ろげな意識の中で、びくびくと震える身体を貫かれ、最早声も無く、ただこの行為の終りだけを祈る彼の上で、男は踊る様に激しく腰を打ちつける。彼は野獣の様な唸り声を上げながら射精し、そしてクローヴィスの中に醜い欲望と消えぬ傷痕を残して去っていった。
「ぅ……」
 クローヴィスは細い呻きを洩らして身じろいだ。それだけで身体の節々が痛んだ。雨はまるでこのまま溺れさせようとでもするかの様に無慈悲に容赦無く降り注ぎ、反吐の出る忌々しい熱から解放された身体を急激に冷やしていく。けれど、動く事ができない。
 彼は泥濘に横倒ったまま、街灯に煌く雨を映すだけの、虚ろなその瞳をゆっくりと閉じた。

 暖かい。
 先刻までの凍える様な寒さが嘘のよう。
 陽だまりの中にでもいるみたいだ。
 もう何処にも、痛みもない。
 あぁ、俺は死んだんだな。
 俺は天使の腕の中にいるのだ。
 神の御元(みもと)に召されるのだ。
 だからこんなにも暖かい。
 揺籠を思わせる微かな揺れが酷く心地いい。



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