気が付けばリオは、しがみつく様に背を丸めて、シーエの肩を両手で掴んでいた。弄られすぎた乳首が過分に存在を主張し、リオの理性を麻痺させていくのに、加速していく呼吸と鼓動を嘲笑うかの様に、シーエの手は相変わらず緩慢に動く。
 染み付いた快楽の記憶と、与えられる刺激の物足りなさの間で翻弄される。まるで拷問だ。
 リオの静かな静かな喘ぎが静寂を満たす。
 彼は口惜しさと羞恥にくちびるを噛んだ。口では嫌だと言いながら、容易く堕ちる己の浅ましさに嫌悪する。
 シーエはしがみつくリオの身体を引き剥がし、壁を向いて立たせた。肩に顎を乗せて後ろから抱き竦め、乳首と性器を弄ぶ。リオは縋るものを求めて壁に手をついた。自然と両手の自由を奪われる。放せば身体を支えきれずに崩れ落ちてしまう。
 乳首をこねくり回していた左手が胸を滑り落ちて腹を撫でる。そこだけ色と質感の違う、盛り上がった薄紅の傷痕をくすぐる。そして更に下り、ベルトの留め具を外しにかかる。取り出すまでもなく解放を求めて飛び出したペニスをやんわりと包み込む。
 直に触れられただけで、悦楽に身体が震えた。だらしなく開いたくちから、いやらしい喘ぎが零れて薄闇に溶け出していく。ぐりぐりと容赦無く扱かれて、先端からとろりと兆しが溢れた。シーエはそれを塗り込む様に、指に絡めて擦りつける。
 密着した背中にシーエの鼓動を、腰のあたりにシーエの熱を感じる。
 もう、何もかもどうでもよかった。恥も外聞も捨て去っていた。シーエの手の中に出してしまいたい。
「駄目だよ。未だ、駄目」
 耳の中に声が吹き込まれ、輪を作った指で根元を締め付けられた。
「っは……っ!!」
 リオは切迫した息を吐き、身悶えた。変色しかけた瞳が収束する。シーエは半分開いた先端を抉る様に精液を掬い、根元を締めたまま、もう片方の指を尻の間に這わせた。ぬるりと指先が入り込む。リオが艶やかに湿った吐息で喘ぐ。
 淫らな音を立てて内部を攪拌しながら前立腺を責め立てられ、思わず仰け反ったリオは張り詰めた屹立をざらついた壁に擦り付けてしまい、図らずも重なった快楽の波に一層息を乱し、腰を震わせた。体重を支えきれずにかくんと腕を折り、肘から下をぺたりと壁に宛てて、手の甲に額を押し付ける。溜まった熱を呼気に変えて吐き出す事しかできないが、到底それで放出されるはずもなく。
 背骨の下の方に、逃げ場の無い熱が渦巻き、腹を突き破りそうだ。いっそ破裂してしまえばいいと思った。解放したい。
 びくんびくんと痙攣する身体から、指が抜け落ちる。その、粘膜を滑る感覚さえもがいちいち責め立ててくる。
 苦しい。
 少しの空白を経て、シーエの熱が緩んだ後孔に押し宛てられた。今度こそ瞳が閃く。彼のそれも、リオと同じ様に興奮に濡れそぼっていた。それでも、彼には未だリオを弄ぶだけの余裕が残されているらしい。いつになくゆっくりと挿入しては、ぎりぎりまで引き抜き、また埋め込んでいく。
 届きそうで、届かないもどかしさ。抜かれる度に、リオは悲痛な呻きを上げて、引き止めようとシーエを締め付けたが、散々慣らされた濡れた肉壁は大した抵抗も無く出し入れを許す。飲み込んだ熱が逃げていく感覚に総毛立つ。
 それを何度か繰り返し、漸く全てを体内に収めて、シーエは腰を蠢かせる。はじめはゆっくりと、次第に激しさを増して。
 きつく戒められていた前が解かれる。身体ごとぶつける様に突き上げられ、リオは声の無い、感じ入った喘ぎを上げる。髪を振り乱し、潤んだ瞳を煌かせ、ただただ快楽に身を委ねる。
 狂おしい程の悦楽に震えながら、溺れる様に朽ち果てた。
 シーエは一度も、あの優しい声でリオ、と呼んではくれなかった。

「ぅ……ぁ…」
 熱を失ったシーエが、甘く痺れた体内から引き抜かれる。内部に吐き出された精液がどろりと流れ出て、がくがくと震える太腿の内側を伝う。彼はまた、ぶるりと身体を震わせた。
 シーエが支えてくれなかったら、そのまま倒れていた。
 シーエは彼を抱き上げてベッドに運び、絶頂の余韻に手脚を浸しながら息を乱している彼の、顔に貼り付いた髪を掻き上げてやる。辛うじて意識を繋ぐ彼の額にキスをひとつ落としてやれば、ん、と小さく喘いで薄らと瞼を上げ、汗ばんだ髪を撫でてやれば気持ちよさそうにすっとまた眼を細める。
 妙に艶かしく上気した頬と、微かに目尻の赤い潤んだ眼、無造作に小さく開いた乾いたくちびる、だらだらと脚の間から零れては下肢とシーツを汚し、尚立ち籠める精液の匂い。
 情欲を煽られこそすれ、今更、背徳感など憶えるべくもない。そんなものは偽善だ。そんなものを感じるくらいなら、はじめからこんな行為に耽ったりなどしない。
 けれど正直な所、ここまで心酔し、惑溺するとは思っていなかった。
 早くもうとうとと眠りに堕ちかけているリオの横顔を見つめる。上下する薄い胸に触れる。
「ごめん、リオ。収まらない」
 シーエは告げると、おもむろにふたり分の精液に塗れた、すっかり覇気を失くしたペニスをくちに含んだ。
「ん……」
 リオが身じろぎする。
「んんぁ……!!」
 くちびるをすぼめて吸い上げると、寝呆けた声に力が籠った。沈みかけた眠りの淵から無理矢理引き上げられる。リオは僅かに眼を開け、頭を持ち上げた。
「シ…エ、な、に…して……んっ」
 舌先で割れ目をなぞられ、彼は顔を歪めて呻く。
 酷く苦しい。呼吸を怯やかされでもしているかの様だ。息ができない。呼吸の仕方が判らない。
 果てたばかりの身体はずしりと重く、頭は未だ痺れた様にぼんやりしている。それなのに、萎えた中心には愛撫が与えられ。
 シーエの頭を押し退けようとしたが、腕は上がらず、なんとか動かせる指がシーツを掴む。
 シーエは舌の先から精液なのか唾液なのか判らない糸を引かせて顔を離すと、円を描く様に掌で先端を擦りはじめた。
「んんぅっ…」
 息を吐こうとするが、どうしても喉に詰まってしまって上手く吐き出せない。やめろと言う事さえできない。眠りについた性欲を強引に呼び醒まされ、再び責め立てられて、鎮静を取り戻しつつあった気怠い身体は苦痛を訴える。
 乾きはじめてこびりつく精液はごわごわと滑りが悪く、すっぽりと包み込まれて手を動かされれば、皮膚を持っていかれそうになる。
「ひぁっ…」
 肩をベッドにつけたまま、背中だけが仰け反る。身体に力が入りすぎている所為で塞がった喉から転がったのは、上擦った間抜けな声だった。どうにか苦痛から逃れようと身を捩るリオは、肩で這う様に上へと身体をずらす。
「ん、んん…ぅんっ……」
 関節が白く浮き上がる程にシーツをきつく握り締め、後頭部を枕に押し付けて喉を反らせる。
「ごめんね……苦しい…?」
 シーエは新たに溢れた自分の精液を指に絡め、こびりついた残骸を溶かす様に扱く。だが、二度目の身体はそう容易くは眼醒めない。
「は…ぁ……ん…」
 苦しいなんてものじゃない。前を封じられていた時よりも遥かに辛い。
「力、抜いて。息、して」
 シーエが囁く。
 どうやって抜けばいいのか判らない。どうやって息をすればいいのか判らない。
シーエは脚の間から身を乗り出し、苦悶の表情を浮かべるリオの頬に触れた。
「は……ふぁ……」
「そ、いい子」
 微かに微笑み、また離れていく。
「や…シー……も、やめ…」
「大丈夫、直ぐに気持ちよくなるから」
 彼は言って、無益とも思える愛撫を続ける。不意に、与えられる刺激が増えた。
「うぁ……あ、ん…」
 シーエが後ろに指を突っ込み、前立腺を刺激しているのだった。いつ指を挿れられたのかもよく判らない。
「あっ、ぁ……んん……ん…う…?」
 身体の異変を感じた。奥の方から何か得体の知れないものがせり上がってくる。この感じはなんだ。
「気持ちよくなってきたの?」
 違うと言いたかった。
 気持ちよくなんかない。
 これは快楽じゃない。
 だが、戸惑いながら見下ろした自身の中心は、信じられない事に確かに勃ち上がっていて。
「や、ぁ…あっ……」
 怖いくらいに感じる。埋め込まれたシーエの指の形を、動きを。腰に絡みつく熱がリオの思考回路を混沌に堕とす。シーエは指を埋め込んだまま、再び前に刺激を与えはじめた。
「んあっ、あっ……あぁっ…」
 背筋を悪寒に似た感覚が這い上がり、リオは背中を仰け反らせた。いつの間にか、苦痛は快楽に塗り替えられていた。けれど、襲ってくるのは快楽よりももっと強く、激しい何か。塞いでいるはずの視界がチカチカと明滅し、脚ががくがくと震える。
「やぁっ…や、いや、いや…」
 リオは激しく首を振った。嫌だ。飲まれる。身体の中で逆巻く渦は少しずつ少しずつ、全てを覆い尽くす様に侵食してくる。
 途切れそうな意識が恐怖を訴える。飲まれたら、きっともう戻れない。壊れてしまう。
 だから駄目だ。その先にいってはいけない。可笑しくなる。
 それなのに、シーエは責め立てる手を止めようとはしない。
「あっ、あぁっ、ああぁっ……」
 リオは喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げた。押し寄せる得体の知れない波に押し出される様にして、ペニスの先端からピュッと何かが飛んだ。一瞬頭の中が真っ白になって、何も判らなくなった。
「は…は……ぁ……う、そ……」
 リオは止まらない痙攣に声まで震わせながら切れ切れに、茫然と呟く。今のはなんだ。今までに味わった事の無い、気が狂いそうな程の強烈な快感だった。
「潮吹いちゃったね」
「潮…吹き……?」
 まさか男の自分が潮を吹かせられたとでもいうのか。リオは未だ腰を支配している甘い痺れにうかされながら、愕然とする。
 シーエが差し込んでいた指を引き抜く。
「あ…ぅ…ん、ふ……」
 快楽の余韻に引き擦られる様にして、後孔は物足りないとうねり出す。シーエは太腿を掴んで腰を引き寄せ、脚を大きく開かせた。ひくひくと蠢く後ろに、張り詰めた自身の昂りを突き立てる。
「ひっ、あっ…」
 スプリングの軋む音を連れて、リオの身体が跳ねる。シーエは一気に奥まで貫くと、自分の太腿の上に腰を乗せる様に更に彼を引き寄せた。
「あっ、んあっ……」
 しがみつきたいのに、上体を起こしたままのシーエの身体は遠く。中で掻き混ぜられた精液が泡立ち、シーエが動く度にいやらしい音と共に秘部の隙間から溢れ出す。飲み込む事を忘れた唾液が、弛緩したくちびるの端から零れ落ちる。双眸が愉悦を宿す。
 深く。もっと深く。
 リオは両脚をシーエの下半身に絡ませ、更に奥へと誘う様に踵で尻を押す。不意に、尻が浮く程身体を折り曲げられた。背中が浮き、後孔が天を仰ぐ程に身体を持ち上げられ、リオは思わず自分で腰を支えた。そうしなければ、背骨が砕けてしまいそうだったからだ。真上から、シーエが激しく熱を叩きつけてくる。ずん、と奥の方に衝撃がもたらされる。
「あぁっ、あっ…あぁっ…」
 抉られる快感が全身を駆け巡る。ひとつの刺激も逃さない様に、咥え込んだシーエをきつく締め上げ、貪る。
 リオは憚る事無くあられもない声を上げながら、溜め込んだ熱を解放した。




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