「リオ…」
 彼はリオの姿を見るなり驚いた様に立ち上がった。
「お前、外にはハンターがうろついているのにどうして…」
 リオはそれには答えずに、脇の通路を進んでいく。
「どうして誰もいない?」
 すると、シーエはぐったりと元いた長椅子に腰を落とした。
「此処にいるのは宜しくない。祈りを上げた後で帰らせたよ、聖水を持たせてね」
 人々の応対に大分骨を折ったのだろう。彼は長椅子の背もたれに両腕を投げ出し、疲れた様子で肩を竦めた。
 シーエが教会から彼らを追い出した理由。確かに彼が言った事も本音ではある。彼はヴァンパイアに十字架や聖水が無効である事、此処が決して安全ではない事を知っているから、リオと同様の危惧を抱いたのだ。
 だが、それだけではない。残りの半分は、リオの為だ。いつでもリオが来られる様に。
「もしそれで誰かが襲われたらどうするんだ」
「その時はその時だよ。主に背いていたとか何とか、適当な理由を考えるさ」
 シーエは斜めに首を傾けてリオを見上げ、片眉を上げてもう一度肩を竦めてみせる。
「とんだペテン師だな」
 責める様な眼差しを送ったリオに、彼は苦笑を滲ませた。
「背に腹は代えられないよ。此処で全滅するよりはマシだ」
 リオは一歩進み出てシーエに背を向け、十字架の主を見上げた。
「ヴァンパイアが十字架や聖水が苦手だなんて、誰が言い出したんだろうな」
 その所為でシーエは今窮地に立たされている。十字架や聖水を持った者がひとりでも襲われれば、それらが役に立たない事が露見し、シーエは糾弾される。シーエとて充分すぎる程判っている。判った上で、犠牲を最小限に留められる方を選んだのだ。
「何処ぞの司祭じゃない? 教会の権威を上げようとしたんだよ、きっと」
 シーエは他人事の様に事も無げに言ってのけ、その後でふっと表情を曇らせ、険しい顔をした。
「リ……」
「ねぇ、早くしようよ。渇くんだ。さっさと済ませよう」
 リオは何かを言いかけたシーエを遮る様に早口で言葉を紡いだ。シーエがまた、此処に留まるように促すと察したからだ。
 そうして彼は一度も眼を合わそうとしないまま、司祭館の方へと足を向ける。
 用があるのはシーエの精液であって、シーエ本人じゃない。抱きたいのなら抱けばいいが、それ以上の関係になるつもりは無かった。
「お前の方こそ恐れているんじゃないのかい」
 聖堂を出ていきかけた所で、シーエのいつに無く厳しい声が追いかけてきた。リオはその声を背に受け、立ち止まった。
「誰を」
 抑揚の無い声で問い返す。まさか自分の方がシーエを恐れているとでもいうのか。
「孤独を」
 シーエは長椅子に掛けたまま、軽く眼を伏せる様にして淋しそうに言った。リオは振り返らなかったが、一瞬小さく息を飲んだ彼の瞳が揺れた事に、恐らくシーエは気付いていたに違いない。
「お前は怖いんだね、残されるのが。私が先に死ぬと思ってる」
 彼は愛する者を失うのが怖いんじゃない。
 その領域に達してすらいない。
 これ以上近付いてしまったら、愛してしまったら、失う事を恐れる様になってしまうから、それが怖いのだ。
 そして、残されてからの、気の遠くなる様な膨大な時間が辛いから。
 だから彼は、踏み込む事も踏み込まれる事も避けようとする。手にしてもいないものを捨てようとする。距離を置いて誰も寄せ付けず、受け入れようとしない。身体は開く癖に、決して心は明け渡さない。
「事実そうだろ、寿命が違うんだから」
 リオはそっぽを向いたまま、怒った様に言った。
「そうだね」
 シーエは相変わらず淋しそうに笑う。彼はすっと立ち上がって微動だにしないリオに歩み寄り、後ろから絡め取った。
「お前を置き去りになんかしないと、言えたらいいんだけれどね」
 心から、そう思う。けれど、どれだけ願っても、それは到底できない相談だ。共に老い、添い遂げる事が自分たちには叶わない。
 まるで自分を責めるかの様に吐き出された言葉に、リオは眼を見張った。どうしてか胸が締め付けられて、息が詰まって、彼は酸欠の金魚の様に口を開けて喘いだ。拘束されている訳でもないのに苦しくて、ゆるりと肩口に回された腕を振りほどく。
「怒ったの?」
 できもしない約束を軽々しく口にしたから。
「違う」
 リオは首を振る。違う。そうではない。けれど、どう説明すればいいのか判らない。
「じゃあ何?」
 シーエがほんの少しだけ激しく手首を掴んで振り向かせたから、妙に醒めたシーエの顔を目の当たりにしてしまったから、不意に怖くなり、同時に得体の知れない動揺の理由が恐怖だったのだと悟った。
 繋がれたままの手がどうしようもなく怖い。
 彼は振り切って後ずさろうとしたが、シーエが動く方が早かった。
「いいよ。しよう。欲しいのなら幾らでもあげる」
 彼は言うが早いか掴んだままのリオの手を取り、司祭館へと引っ張っていく。無理矢理連れ込む様に乱暴に部屋の中に引き擦り込んで彼を床に突き飛ばすと、シーエは片手で彼の髪を掴み、もう片方の手で自らキャソックの裾を捲った。
 抗う間も無く、頭を下半身に押し付けられる。リオは顔を背けようとしたが、頭を押さえられていて逃げられない。ペニスの先端がくちびるに押し宛てられ、呻いた拍子にくちの中に押し込まれた。
「んっ…シー…」
「ほら、ちゃんと咥えなよ」
 顔を歪めたリオの頭上から、驚く程冷たい声が降ってくる。シーエは吐き出そうと抵抗する舌ごと封じ込める様に、ぐいぐいと容赦無くくちの中を蹂躙した。
「欲しいんだろう?」
 リオは咽び、涙ぐみながら、滲む視界で彼を見上げる。シーエは知っている。全部嘘だと知っている。昨日の今日でそんなに渇くはずがない事も、なのにどうして彼があんな風にねだったのかも。
 怒っているのはシーエの方だ。彼はリオがねだるふりをしてはぐらかしたから、怒ったのだ。
 シーエはくぐもった悲鳴を上げる彼を冷ややかに見下ろしながら、両手で頭を押さえつけ、腰を前後に動かしはじめる。リオは遂に喉を広げ、口内を犯すシーエのペニスを受け入れた。
 シーエの動きが激しさを増す。喉の奥を突かれる度に息が詰まる。けれど、息つく暇も無くまた押し寄せ、突かれる。顎が外れそうな程に激しく出し入れされ、くちびるの端からは唾液が垂れ、頬の内側の肉が淫猥な音を奏でる。
 不意にシーエが押し殺した声を洩らし、くちの中の圧迫感が増した。シーエの身体が不規則に揺れる。脈打つ様な衝撃と共に射精する。
 リオのヘーゼルの瞳は最後まで鎮静を保ったまま、ただの一瞬たりともあの美しく妖しい色を閃かせる事は無かった。




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