ファーストネーム
「ねぇ」
無駄に広い神の子さんの部屋の、無駄に大きいベッドの上。
俺は漫画、この人はフランスだかイタリアだかのよく分からない文学を読んでいた。
「ん、なんだいボウヤ?」
相変わらずボウヤなんて子ども扱いしたような呼び方をする神の子さんに、俺は尋ねた。
「アンタ、下の名前、なんだっけ?」
「うん?精市だけど」
藪から棒な俺の質問に律儀にも答えてくれる。
「……そう」
「どうして?」
「ん…………なんとなく」
半分は本当だった。
いま、フッとそんなことが頭をよぎり、訊いてみた。だけ。
「ふうん……」
けれどこの人は、まだ何かあるだろうというように俺をじっと見ている。
「…………」
さっさと読書再開すればいいのに、と思っていた時だった。
「……いいよ、呼んでも」
「え……?」
「精市って、呼んでもいいよ」
「っ……!」
まるで心中を見透かされたかのように、背中に焦燥感のようなものが走った。
「べ、別にそういうつもりで訊いたワケじゃないし」
慌てて否定はしてみるものの、そんなの通用する人ではなくて。
「じゃ、どういうつもりで訊いたのかな?俺には、他に見当がつかないなぁ……」
「…………」
ニヤニヤと笑みながら、神の子さんは言う。
「精市って、呼んでよ」
「…………」
誰が言うか。言ったら負けだ。
そんな変なことを思いながら、視線を逸らして無視した。
……途端に、
「ね、リョーマ?」
「っ!……」
不意打ちだと、思った。
名前で、呼ばれた。
「……〜〜っせ、精市っ!!」
謎の執着心に苛まれながら半ばヤケクソに言うと、この男は「ふふ、よくできました」なんて言って頭を撫でてきやがった。
「……子供扱いすんな!」
「ふふ」
……ああ。
やっぱり、この人にはかなわない。
END