好きになったひと
「女装して俺とデートして欲しい」
そんな耳を疑うようなことを至って真面目な顔で言ったのは、幸村精市だった。
思わず飲みかけの紅茶をぶっかけてやろうかと一瞬思ったけれど、あくまで一瞬であってすぐに踏みとどまり、考えた。
……何故、いきなりそんなことをいうのか。
「……なんで?」
「ストーカー被害に遭ってるんだ」
またもや身を凍りつかせるような発言をする幸村。
「ストーカー?」
「ああ……ここ最近、後をつけられたり携帯に無言電話があったり、昨日なんて『好きです好きです好きです好きです』ばっかりのイタいラブレターと隠し撮り写真がポストに……」
「……それは間違いなく立派なストーカーだね」
何てことだろう。この、王者立海の部長、神の子の異名を持つ彼がストーカーに遭っているとは。
だからといってボクが何を出来るワケでもないし、する気もなかったんだけど……彼のお願いを除けば。
「で?ボクとデートっていうのは?それも女装で」
「だから、そのストーカーを諦めさせるんだ。俺はちゃんと女子に興味あるし彼女もいるんだって思わせるために」
幸村のいまの言葉に眉を寄せつつ「……待って?」と声をかけるボク。
「ストーカーって……まさか男?」
「ああ、うん。そのまさか」
ああ……ますます何てことだろうか。
ボクは溜め息をつきながら、苦い笑顔で了承した。
………………
さて、デート当日。
ボクは姉さんに事情を話して用意してもらったワンピースとカーディガンを身にまとい(勿論胸は詰めて)、エクステと化粧で女らしくしてもらって、あまり気の乗らないデートの集合場所へ向かった。
時間より10分早いのに、幸村はボクより先に来ていた。
「ごめん、待った?」
「いま来たところ」
「デフォルトな台詞だね」
「ふふ」
簡単な会話の後、ありきたりに服装でも褒めるのかと思いきや幸村はボクの手を取って早速歩き出した。
「まずは喫茶店に行こうか。色々話もしたいし」
「うん、わかった」
なるほど、いまどこかでストーカーが見ているかもしれない、か。
ボクはいつもの笑顔で隣を歩く。
着いた喫茶店で、奥の席にボクらは座った。
「さて、と。まずは、俺の私情に付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
ニコッと笑うとニコッと笑い返す幸村。
「似合うね。似合い過ぎて怖いくらい」
「姉さんにも言われたよ。写真も撮られた」
「俺も撮っていい?」
「ダメ」
携帯を取り出す幸村を制して、ボクは口火を切る。
「で?ストーカーっていうのは……んんと、知り合い?」
「いや、チラッと見えたけど全く知らない男」
「ストーカーされる理由とかは分かる?」
「うーん……俺には理解出来ないんだけど、」
なんでもそのストーカー、幸村が美形でありながら彼女も作らず男子テニス部の連中とつるんでばかりいるということから、ゲイだと思っているらしい。
いくつか受け取ったラブレターの中に、そんな記述があったそう。
「俺はゲイじゃないのに」
「うん、前にエロ本買ってたしね」
「アレはハズレだった」
袋とじが付いているようなモノは基本的にアタリが少ないんだけどね、いやまあそれはおいといて。
「でも、女に興味があって彼女もいるっていうのを教えるためのデートなんでしょ、なら女友達の方が良かったんじゃないの?ボクじゃなくても」
そう言ったボクに、幸村は意外そうな顔で首を傾けた。
「おや?ストーカーが俺をゲイだと思ってるくだりをよく聞いてなかったのかい?」
「……いないんだね?」
ボクが溜め息のような息を小さく吐くと幸村は「俺は広く浅くなんだよ」と言い出したので、彼の将来が若干心配になった。
「まあ……いいけど。で、これからどうするの?」
「それなんだけど、遊園地と映画館とショッピング、どれが一番仲むつまじいカップルに見えるかな」
「うーん……」
ボクは考えた。
遊園地……お化け屋敷はボクも幸村も怖がらないしジェットコースターでエクステ取れたら困る、観覧車やメリーゴーランドに2人で乗るのは正直遠慮したい。
映画館……暗がりだから手を繋ぐ必要ないしいいかもしれないけれど、観る映画の選択次第ではボクが男だとバレてしまうかもしれないし、幸村と恋愛モノなんて観たくない。
じゃあショッピングか……でもショッピングの場合女物の服やアクセサリー選びをした方がカップルに見えるだろうけどちょっと嫌、しかも知り合いに会う可能性もある。
「……どれでもいいんじゃないかな。どれを選んでも、出来る限り密着して手を繋ぐ必要があるし」
「そうだね、じゃあウィンドウショッピングでもして街をうろつこうか。いい店があったら入って誤魔化すってことで」
「うん」
そんな会話をして、ボクらは喫茶店を後にした。
出る直前幸村はチラッとどこかに視線をやっていた。ストーカーは既にどこかにいるらしい。
………………
「あ、あれなんか似合うんじゃない?」
ウィンドウショッピングを始めてから小1時間。
警戒しながらただぶらついてるボクとは反対に、幸村は割と楽しそうに洋服を眺めてはボクに薦めていた。
「そうかしら?私ウエスト入らないかも」
そして今更ながらに気づいたんだけど、女言葉が意外とキツい。
普段より高い声を出しながら、一人称を変えながら。ボクは何をやっているんだろう……という気にさえなる。
ああ、断れば良かった……と少し後悔した。
「試着してみない?」
笑顔で言う幸村にボクは顔を凍りつかせながら「……本気で言ってる?」と小さく訊いた。
「勿論」
「………………」
どこまで本気なのだろう……と思いながらも、しぶしぶ試着室へ向かうボク。
着替えたボクを見て「似合う」と褒めちぎり更に購入までしてしまった幸村は、上機嫌に店を出た。
その後も幸村は、アクセサリーショップでもゲームセンターでも、本気で女の子とデートでもしているかのようにボクをエスコートしていった。
別にそれが嫌だっていうんじゃない、けど……何か引っかかった。
その引っかかりが解けたのは、ショッピングも粗方終えた帰りのことだった。
………………
「ゆっ…………幸村君!」
姿を現した。
ストーカーが。
「そ、そ、その子……誰?彼女?まさか、彼女?」
目に見えて動揺している男に、幸村は躊躇いもなく「そうだよ」と答える。
「そんな、まさか、僕、僕、そんな子知らないぞ、嘘だ、嘘だ」
まさか目の前に登場するとは思わなかったけど、正直ストーカー本人についてはさして興味もなかったボクはこの場は幸村に任せるつもりでいた。
しかし。
「どうして嘘だなんて言えるんだい?」
「だっ、だって、だって幸、幸村君、そんな、そんな素振り……」
「嘘だと思うなら、証拠を見せようか?」
言葉の意味を反芻していたせいで、ボクはほぼ無抵抗に。
幸村に、唇を奪われた。
……そこから先は、あまり覚えていない。
ストーカーは確か叫びながら逃げてった気がする。
ボクは飲み込めない状況に立ち尽くし、幸村に声をかけられ、多分幸村は心配していて、ようやく頭がハッキリしてきた時にはもう家の前にいた。
「不二……今日はありがとう」
「ん……ううん」
「……ごめん、さっきは」
罰が悪そうに苦笑を浮かべて俯く幸村に、ボクは訊いた。
「……幸村、さっきのは……なんだったの?」
「………………」
「本気だった?」
「……本気だった」
「………………」
「俺、」
幸村は語った。
「決して男が好きな訳じゃあないんだ、可愛い女の子には目がいくし、風が吹いたら見てしまうし、胸はやっぱり巨乳がいいよなとか考えるし、でも、ただ……好みのタイプと実際に好きになるタイプは違うって言うだろ?俺も“そう”だったんだよ、好きになったのが女の子じゃなかったんだ」
そこまで話して、やっと幸村は顔を上げ、微笑みを見せた。
「不二、俺、不二のことが好きだよ」
恐らく本心なのであろうその言葉を流すかどうか迷って、ボクは苦笑を浮かべながら「……そっか。ありがとう」と返したのだった。
そんなボクらが実際につき合うことになるのは、まだ先の話。
END