いずれ、地獄で

「うそつき」

思いがけず唇から零れ落ちた言葉は、思春期の少女のような、愚かしい幻想にすがるようだった。
手の中に合ったものをすべて落とし、いつもは気にならない眼鏡の重さも捨ててしまい、両目を手で覆う。
信じたくないのは目の前にある現実で、納得させようとするのは死とは紙一重の位置に立ち尽くしている自分。
否、正しくは、死とは紙一重の位置に立ち尽くして「いた」自分「たち」、だろうか。
信じないでいることなんて不可能だ、事実は目の前にいて、ぞぶりとこの心臓にその手をねじ込んでいる。
その手はこの心をつかんで、握りつぶして、俺を俺じゃないものに変えてしまおうと、笑いながらパズルを組んでいる。
この感覚を覚えこまされるのはこれが初めてではない、二回目だ、遠いような近いような、やはり遠い過去のこと。
目頭が熱い、眉間にしわが寄る、口元は弧を描いて、目に当てた手ががりがりと額を掻きむしる。

「                            」

口が意思に関係なくべらべらとまわっていたが、耳はその音を完璧にシャットアウト、頭は言葉を拒絶した。
どうせ死ぬなら、俺の知らないところで、俺の知らないときに、俺がお前のことなんて忘れた後で、死んでほしかった。
よりにもよって昼間で、俺の店の近くで、俺がお前の肌の温度まで覚えてしまっているうちなんて、最悪だ。
手を外してしまえば、それは糸を切られたマリオネットのようにだらりと勢いよく体側に落ちる。
血だまりというより血の海が広がるそこに、白い体が虚ろな目と一緒にぷかぷかと浮かんでいる。
落ちた花をぐしゃりと踏み潰しながら、その海に一歩ずつ沈んでいく。
沈んでいくのは決して体などではなく、この体なのだと教えてくるのは今を笑う過去の自分自身だ。
膝を落とせば浸るわ跳ねるわこの身まで血だらけで、必死に守ってきた脆い仮面がぼろぼろと崩れていくのも知った。

「うそつきだ、お前は。すっかり騙された……」

海から彼の体を引き上げ、膝に乗せて胸に抱く。
冷たい体、彼女以外の体温なんて気持ち悪いだけだ、そう言った自分が許してしまった温度が、そこにはない。

「連れて行ってくれると言ったのに、あと少しで咲くのに、約束したのに、お前なら……」

お前ならいいと、そう思えたのに。
恨みを買うのも、同業者との命を懸けた絡み合いも、それは俺たちにとっては仕方のないことだ、日常だ。
だが俺にとっては、目の前に横たわる男の死は、仕方のないことで済ませるには少々大きすぎた。
一度目以上に大きく開いたその穴から、どろどろと大事なものが溢れ出していく気がした。
元々大事なものなんてない、昔はそう思っていたけれど、今はそうでもないらしかった。
時間が経てば経つほどに、胸に広がる空虚な感覚はどんどん広がって、頭の先からつま先までどっぷり浸かっていく。

「生きているのが、嫌になる」

涙は流さない、そんなものが流せるほど出来た人間ではないという自覚はまだ胸の中に残っていた。
その涙の代わりなのだろうか、抱き上げた体からは赤い滴が、店に帰るまでの道にぽたぽたと落ちていった。
仮面が崩れていく、人の視線がナイフになって、俺の顔や体の至る所を遠慮なく突き刺していく。
だがもうどうでもよかった、何もいらない、全部いらない、生きていたくない、この命すら既にいらないものだった。
自分の店に帰るまでに多くの人間に見られた、警察にもおそらく通報されているだろう、時間はあまり残されていない。
だが残された工程が少ないのも確かなことで、特に焦る必要もないのだ。
彼の遺体をゆっくりとベッドに横たえると、育てていた薔薇の様子を見に行った。
夜は咲きかけだった赤い薔薇、それが今はどうだろう。

「満開だ……」

文句の付けどころが見つからないほどに、それらは美しく咲き誇っていた。
あげた血の分まで赤く濃くなったその薔薇は、誘うようにその棘をこちらへ向けていた。
棘を取ることはない、そのままの方がきっと美しい、使い慣れた剪定ばさみで全て刈り取っていく。
一本たりとも残すわけにはいかない、どう転んだとしても、この子たちを世話をする人間はいなくなってしまうから。
花を大きさごとに分け、小さい方を纏めて花束へと仕立て上げていく、白のラッピングで黒のリボン、それがよく似合った。
もう半分は可哀想な使い方をすることになる、ぶちぶちと花弁をがくから千切り取り、彼の身体に振りかけた。
白に赤がよく映える、死に化粧の代わりくらいにはなるだろう、ただの自己満足でしかないが惜しくはない。

「待ってただろう、白鼬?綺麗に咲いた……お前にもくれてやる」

一輪、二輪、一つ一つ握り潰していく、過程で傷だらけになっていく手の痛みだけが鮮明で、他はただぼやけていた。
手から垂れる血が、潰したばかりの花弁に滴り落ちていく。
まだ血がほしいのか?そう問うてみても薔薇が答えてくれるわけもなく、答えてくれる人がいるわけでもない。
だが、もっとほしい、もっともっとほしい、そんな声が確かにこの耳に届いてきた。
ほしいというならあげようじゃないか、種から育てた愛しい子たちの頼みならば断わるわけがないだろう。
物音も聞こえてきて、時間もゼロになったのか、そう悟る。
手に持った剪定ばさみを持ち直して、そっとそれを首に向けて近づけていく。
その反対の手には、出来上がったばかりの薔薇の花束を持って。
天国に行った彼女に会えるかはわからないけれど。

「いずれ、地獄で」

肌を突き破る手に馴染んだ感覚。
赤薔薇を黒に変えたのを見届ける前に、俺はそっと開くことのない目を閉じた。


*  *  *
ツイッターでの自分殺人鬼化タグから、藤憑・伊達様のお子様をお借りしてます。
ちなみにうちの子(主人公)の名前はスラ。
昼はお花屋さん夜は殺人鬼、武器は剪定ばさみ、そんなとんでも野郎です。
死ネタ初めて書きました死ネタ書くのスラスラ(笑)行きますけどぶっちゃけ苦手でs(ry
加筆修正の可能性バリ高ですが、とりあえずありがとうございました!

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