ハルカナ約束


「姫乃、今日本丸の警備が少々手薄になるが大丈夫なのか?」
「平気よ。手薄だとは言ってもほんの少しの間だからね。鶴丸も気をつけてね」
「ああ、驚きの結果を今日も姫乃に贈ろう」

それが姫乃と交わす最後の会話だと誰が思っただろうか。

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俺が近侍として出陣するようになって少し経った。
初めは慣れないことばかりで、それまで務めていた山姥切がすごかったのだなと思い知らされた。自分で言うのもなんだが、俺を含め個性的な奴らが多いから纏まらないし進まないしで大変だった。
山姥切の手を借りながらなんとか形になってきていて、はっきり言って俺は調子に乗っていたんだろうな。
その日だったからこそ、いや、その日に限って、いつもは完璧に閉じるまで見守っている時空の歪みを見届けることなく進軍した。これが間違いだった。

敵の本陣付近まで近づいたとき、山姥切の刀装が壊れた。俺が本丸に来てからそんなことは1度もなかった。何かがおかしいと思った。きっと山姥切もそう思ったんだろう。珍しく俺に進言してきた。

「俺が壊しておいて言うのもなんだが……1度姫乃に相談した方がいい」
「そうだな……おい、姫乃」

懐から姫乃に渡された鏡を取り出して声をかける。これを使えばどういう原理かはわからんが本丸にいる姫乃と話ができるという優れものだ。いつもならすぐに返事があるはずなのに返事がない。

「おーい姫乃、返事してくれ」
「姫乃、どうかしたのか?」

異変に気づいたらしく、山姥切も鏡を覗き込むが何も写らない。嫌な予感がする。これはきっと戻った方がいい。そう俺の勘が告げた。

「どうも様子がおかしい。本丸に帰るぞ」
「ああ、そうしよう」

来たときと同じように時空の歪みを通って本丸へ向かう。心臓がどくんどくんと大きな音をたてていた。
俺のすぐ後ろを歩く山姥切がいつもより足早に俺を急かすように歩く。きっと姫乃のことが心配で仕方ないんだろうとすぐにわかった。

「なん、なんだ……これは」

歪みを抜け、本丸にたどり着くとそこには俺の知っている本丸はなかった。
きゃっきゃと騒ぐ短刀もいない。姫乃を手伝う脇差も打刀もいない。非番でくつろいでいる太刀もいない。
言うなれば、戦場だった。遠くからいくつもの剣戟が響き、庭が燃え、御殿は荒れている。

「姫乃が危ない!」

呆然としている俺の横を真っ先にすり抜けて行ったのは山姥切だった。俺とほかの4人はその一瞬後に追いかける。
山姥切が真っ先に向かったのは姫乃の部屋だった。今朝出陣の直前に行った部屋はもうそこにはなかった。あるのは歴史修正主義者の亡骸と畳には刀傷、そして姫乃の着物が箪笥から出て散乱していた。

「姫乃!どこにいる!」

近侍であるはずの俺よりも山姥切は早く動く。俺と同じか、それ以上にこの光景に衝撃を受けているはずなのに、それでも姫乃のために駆けていく。後を追いかけるしかできない自分に少し情けなくなった。
台所、洗面所、広間、大広間と順に見ていくが姫乃の姿はない。やはりあるのは歴史修正主義者の亡骸のみ。幸いなのは仲間の亡骸はないということだけだ。皆、手負いではあるがなんとか無事だったようだ。

「くそ、どこにいるんだ姫乃!」
「あんた、近侍だろ!これだけ見ていないならもうあの部屋しかありえないだろう!」

山姥切が怒鳴った。これは驚いた、なんて言っている猶予はなくただただ山姥切の後をついて行く。最後の剣戟が近づいてくるのを感じた。
山姥切が迷わず向かったその場所は粟田口の短刀たちに与えられた大部屋だった。ああ、姫乃は戦っているんだとこの時ようやく気づいた。
山姥切がひと足早く大部屋に入った瞬間、剣戟は鳴り止んだ。恐らくは仕留めたんだろう。中を見ると五虎退、今剣、秋田藤四郎が大きな瞳に涙を溜めて怯えていた。姫乃は山姥切に支えられながら力なく座り込んでいた。

「姫乃……」

なんと声をかければ良いのかわからず名前を呼べば俺を見上げてこれまた力なく微笑んだ。

「おかえり、鶴丸。まんばもみんなもお疲れ様」
「姫乃、手当てをしないと……!」
「いいよまんば。もう手遅れさね」
「主さまぁ、ごめんなさい僕たちのせいで!」
「なーに、私が勝手にしたことよ。貴方たちが気にすることじゃないわ」

いつものしっとりとした艶っぽい声が掠れている。力強い眼差しももはや誰も映してはいない。ああ、これが人間の最期なのだなとぼんやりと考えた。

「鶴丸、こちらへ。4人は本丸にいるみんなを手入れ部屋に……」

手短に指示を出して姫乃は俺を手招きした。短刀たちも手伝いに走っていった。荒れただだっ広い大部屋に俺と姫乃と山姥切の3人。気まずい空気が流れる。

「2人には遺言を託そうと思う」
「……姫乃、そういう驚きはいただけないぜ?」
「冗談なんかじゃない。わかっているとは思うが、私はきっともう長くは持たないだろう」

ふっと乾いた笑いを聞きながら改めて姫乃を見ると至るところ血まみれで。俺自身毎日のように返り血を浴びて生きているからこそわかる。これはほとんど返り血なんかじゃなく姫乃自身から流れ出たものだ。目を凝らせば大きいものから小さいものまで無数の傷跡が見て取れた。

「すまない……俺のせいで。歪みが閉じるのを見届けなかったばかりに……!」
「鶴丸、さっきも言ったでしょ。これは私が勝手にしたことだって。それよりまんばと一緒にこれから言うことを聞いて」
「静かにしていろ」

山姥切の鋭い声は後に続く言葉をこらえたような印象を受けた。きっと今山姥切の心もぐちゃぐちゃなんだろうと思った。

「まず、貴方たち全員の処遇については心配はいらないわ。次期審神者候補に全員引き継いでもらえるよう以前から交渉しておいたわ」

今まで開いていた瞼を閉じた姫乃はどんどん青白くなっているような気がした。ぽつりぽつりと言葉に力がなくなっていくのを感じる。

「私が死んだら、遠征部隊が戻り次第すぐに現代に渡りなさい。この空間は私の霊力で支えているからね、間もなく存在が消え失せるわ。貴方たち自身も刀の姿に戻ってしまうでしょう」

だんだんと弱々しくなっていく姫乃の声は小さく小さくなっていく。

「だからその前に……現代には次の審神者がいるから……その人の元に全員で行ってちょうだい。事情はきっと察してくれるでしょうから……」

そこまで言って姫乃は大きく息を吸い込んで力の入らないのだろう手で握っていた刀を動かした。柄も鞘も真っ白だった姫乃の愛刀だ。

「その時に、この刀を私の亡骸の代わりに持って行ってほしいの……名前は白鳩。私が打った刀よ。きっと、また会えるから……お願いよ、山姥切国広、鶴丸国永」

それを最後に姫乃は動かなくなった。
俺と山姥切は何も言わず、ただ姫乃の最後の命令を全部成し遂げた。
泣きじゃくる短刀たちに申し訳なくて、俺は何も言えなかった。俺を責める奴は1人もいなくて、ただ皆姫乃の死を悼んでいることはわかった。
姫乃が言っていた通り現代に渡ると次期審神者となる者がそこに待機していて、俺たちは淡々と所有者を移されて新たな本丸へと配属された。
姫乃のいない本丸はなんだか味気なくて仕方なかった。そう感じていたのはきっと俺だけではないはずだ。あの賑やかだった短刀たちも随分大人しかった。
それから遺言通り白鳩は新しい主の手に渡った。主によると、とても強い力を秘めた刀らしい。今すぐは無理だが、そのうち俺たちと同じように目覚める可能性は充分あるそうだ。

それから何代審神者が変わった頃だったか。もう誰もが姫乃の名を口にしなくなっていた。覚えているのかさえわからないほどの時が経った。
その頃俺は時の審神者に近侍として仕え、山姥切は俺の直属の部隊員として過ごしていた。
清々しい夏の日差しが鍛刀部屋に射し込んだその日、真っ白に輝く一振の太刀が顕現した。

ハルカナ約束

「白鳩姫乃。元審神者ですよろしくね?」


審神者が刀剣女士になる。
白鳩は平和の象徴なので、ヒロインは早く平和になるようにという気持ちを込めて刀を打った。という裏設定があります。
Title by秋桜





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