遠い記憶とキミのこえ


新しい主に肉体をもらってもう随分経った。刀だった頃とは違ってこの身体は人と同じ生活をしなければ不具合をすぐに訴えるものだから、最初こそ疎ましかったものの慣れれば快適に過ごせるというものである。
それにこの身体になってから何も悪いことばかりだった訳でもなかった。まず主に触れられるということ。これは刀の頃には叶わなかったことだから今は俺より背の低い主の頭を撫でてみたり華奢な身体を持ち上げてみたりしている。余談だが、それを見かけた国広が同じようにせがむのもまた新たな楽しみになった。
それから主がどう感じているのか、なんとなくわかるようになったこと。前の主は下手なくせに歌を詠みたがって刀の俺にもわかるひどい出来で。どうしてそんなことをしたがるのかなんて理解もできなかった。でも今なら少しわかる気がする。あの人もうまく言葉にできない自分の感情を表現したくてやっていたのかもしれない。1度詠んでみたものの、歌仙に雅じゃないねと一蹴されて2度とやるものかと心に強く誓ったけどな。

「なぁ、土方さん……俺ァ今ならあんたのことがわかる気がするんだ」

夕餉を終え、ぼんやりと梅の木を縁側から眺めながらぽつり呟く。俺と国広以外はほとんど知らないだろうが、あの人はあれで繊細な人だったんだ。鬼の副長だなんて呼ばれていたが、1人部屋に籠ってはうんうん唸りながら歌を詠んでいた。
下手だけど、それにはあの人の想いがこもっていたことは俺たちが1番よく知っている。

「梅の花一輪咲てもうめはうめ」
「え?」

突然聞こえた懐かしい歌に振り返れば今の主ーー姫乃が微笑んでいた。俺にあの人の気持ちがわかるようになるきっかけをくれた本人でもある。

「隣いいですか?」
「あ、あぁ」

姫乃が座れるようにほんの少し横にずれればよいしょっと、なんて言いながら俺にぴったり寄り添うように腰掛けた。まだまだ冷える夜には心地良い温かさだ。
少しの間黙って先程同様に梅を眺めていたが、ふと気になって姫乃に尋ねてみることにする。

「なぁ、どうしてあの人の歌を知ってるんだ?」
「あー……土方さんの遺した詩集は現代にも残されていてね、兼定と堀川がうちに来てくれたときに少し調べたの」
「へぇ……あの人の下手くそな歌が残ってるなんてな。俺と国広はよく聞かされたもんだ」
「ふふっ!でも歌を知って、土方さんってどんな人なのか少しわかったような気がしたの」

へぇ、そう呟けば姫乃はにっこりと笑って俺を見上げた。

「きっと兼定と似てる人なのよね。不器用で優しくて戦いに関しては頭がきれて、女子供にはとても優しい。それから少し口ベタ」
「ふん……口ベタで悪かったな」
「でも行動ですべてを表す人」

笑顔から一転、力強い眼差しで俺をまっすぐ見上げる姫乃に不意に心臓がとくんと大きな音を立てる。
そうだ、こういうところは姫乃の方があの人に似ているかもしれない。迷いのない瞳が。

「ねぇ兼定。私は前の主を忘れろなんて言わないし、前の主以上に私を敬えなんて言わないわ。ただ1つだけ約束してね」
「あぁ、わかった」
「えっ?私まだ言ってないよ?」
「あんたの言うことだ、俺が約束しないわけにはいかないだろ?」
「それはそうだけど、無理難題だったらどうするの?」
「なんとか叶える、それだけのことだ」

きょとんとした顔はいつも大人びて見える姫乃を年相応に見せて。じーっと目を見ているとじわじわと頬が赤く染まっていって。本当に可愛い女だ。

「も、もう!そういうところもきっと土方さんそっくりなんですね!私もういきますから!」

勢いよく立ち上がった姫乃はそのまま行ってしまうのかと思い見上げていたら、もう一度しゃがんで俺の耳元に顔を寄せた。

「必ず、無事に本丸に帰ってきてくださいね」

それだけ言うと姫乃はバタバタと小走りで行ってしまった。
あの人もよく花街に行ったとき言われていたなぁ。あの時はなんて適当に返事するんだこの人は、なんて思っていたが……実際言われてみないことにはわからないもんだな。

「約束するって言ったが、こればっかりは約束できねぇな」

切った張ったの世界で生きている以上、こればかりはな。きっとあの人もそう思っていたんだろうな。
まぁ、姫乃が待っていてくれるというだけで生き抜く覚悟も決まるってもんだ。
さぁて、夜風に当たって冷えたことだし風呂にでも入って休むとするか。明日も全力で戦場に出て戦わねぇとな。


遠い記憶と
 キミのこえ


(まったく似ていないはずなのにあんたからあの人の面影を感じるんだ)

春告さまに提出。ありがとうございました!




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