君がいる世界にしか興味なんてないの 気づけば惹かれていた。 主従だとか、人間と神だとか、凡人と美青年だとか。そんなのは関係なく、ただ気づけば私と彼は当然のように指を絡ませ寄り添い合う仲になっていた。 でも、それが正しいとは思わない。少なくとも私が審神者である以上、咎められることをしているのは間違いない。 ここでなんと弁解したところで審神者が刀剣男士と恋仲になるなど認められることはない。主従であるからというよりも、神を人間が穢すことなどあってはならないから、ということだ。どう足掻こうと、時の政府に雇われた身としては絶対ありえない、ただそれだけなのだ。 以前、他所の本丸の審神者が私と同じように刀剣男士と恋仲になり処分されたという噂がまことしやかに流れた。 当然その噂は私の耳にも入ったわけだけど、正直背筋が凍る思いだった。バレれば私も光忠と引き離される。ただそれだけが私の脳内を占めた。毎日私を見つめる隻眼の恋人はすぐさま私の異変に気づき大丈夫だよと何の根拠もない慰めを口にした。でも私にはそれだけで充分だった。彼に心底惚れてしまっている私にはその言葉だけがこの世の真実なのだと思えたのだ。 「姫乃って時々心配性だよね」 「そうかな?あんまり深刻になることもないと思うけど」 「まあね。でも、僕のことが絡むと途端に不安そうな顔をするからわかりやすいよ」 「そんなこと、ないもん」 夜眠る前、光忠に腕枕をされながら至近距離でこそこそと話すこの瞬間が私のなによりも大切な時間だ。月明かりだけが差す薄暗い部屋の中で私の布団に2人で入る。いつもは眼帯に隠されている右目がたまにちらりと覗くのがたまらなく愛おしくて、嬉しくて仕方ない。 「可愛いね姫乃」 「……もう、そういえば私が反論しないと思ってるでしょ」 「はは、そんなことないよ?」 「もー、嘘ばっかりっ……でも間違ってないけどね」 「ほら。やっぱり可愛いよ姫乃は」 美しい顔で微笑みながら光忠はそっと私の髪を梳くように撫でる。それがなんとも優しくてふわふわした気持ちになる。 不思議と彼の瞳に映る自分の顔は鏡で見るそれとは違って可愛く見えるのはきっとカッコいいこの恋人のおかげなのだろうと密かに思っている。彼がいるから、いや彼のために私は少しでも可愛らしくあろうとするのだ。 「ねぇ光忠」 「なんだい?」 「好きよ、誰よりも1番」 「僕も姫乃が好きだよ」 好きだと言えば光忠はいつだって同じように好きだと返してくれる。それが嬉しくて1日に1度は必ず言ってしまう。言う、といってもこうして2人きりでいる間だけしか言えないのだけれど、それでも私は幸せだった。好きだと言ってくれる光忠はいつにもましてとびっきり優しくて、そしてとても愛しそうに微笑むのだ。たとえここには私以外の女がいないとはいえ、男であったとしても他の誰にも見せたくはないのだ。 なんという独占欲。はしたないと誰かに嘲笑されようともこればかりは譲れそうもないのだ。 しかしこうして幸せな時間に浸っていると時々、どうしようもなく不安になって考えてしまうことがある。先の他所の審神者と恋人のその後についてである。如何様な処分が下されたのか、そもそもそんなことが本当にあったのかさえはっきりしない噂なのだ。案ずるだけ無駄だといつも思うのだが光忠と引き離されるかもしれないと思うと重く心にのしかかってくる。 「……ねぇ、光忠はもし私が貴方の主にならなければどんな風に過ごしていたのかな」 「どうしたんだい?急に」 「私と出会わなければ、もしかしたら幸せな日々を送っていたかもしれないんだよ?」 「何か勘違いしているみたいだけど、僕は姫乃とこうして過ごすことができてとても幸せだよ。君と出逢えたから……ううん、君が僕を受け入れてくれたから、他所の本丸の僕よりもきっとうんと幸せだと思ってるんだよ」 「でも、このまま一緒にいたらいつか政府に処分される日がくるかもしれない。それでも幸せだって言えるの?」 「もちろん。君と最期までいられるなら本望だよ。僕は何があっても絶対に姫乃を離さない。仮に僕だけ取り残されたとしても、姫乃がいないならそんな世界に意味はないんだ」 「そんなの、私だって同じだよ。光忠がいない日常なんて考えられないもの。ごめんなさい、変なことを聞いて」 「そんなことないよ。君に愛されてるんだってより強く実感できたからね。むしろありがとう姫乃」 「ふふ、もう光忠には敵わないなぁ。どういたしまして!私もいつも以上に愛されてるなーって実感したし、こちらこそありがとう光忠。これからもよろしくね」 「こちらこそ、よろしくね姫乃」 布団の中でぎゅっと抱き合いながら小さく笑い合う。これ以上に幸せなことはない、そう断言できる。 恋は盲目と言うが、猛毒でもあるんじゃないかと思う。今更この恋人のいない日々など想像もできないし、考えたくもないのだ。いることが当たり前で、いなくなることなど考えられなくて。 さっき光忠は私のいない世界に意味はないと言ったけれど、それは私にだって当てはまることなのだ。彼のいない世界などもはや存在しない、それほどに私は彼を心底愛しているらしかった。 2人一緒ならこの甘ったるい毒沼のような恋にどんどん落ちていくのも悪くないと思えた。 ← |