月に恋した気になって


私は恋をしている。
それを知るのは私と、ある刀剣男士の2人だけだ。そしてその刀剣男士は時々、夜も更けた頃に私の部屋を訪れる。

「姫乃」
「なーに?どうしたの宗近」
「ちこうよれ」

おとなしく言う通りに擦り寄ると満足そうに彼は笑顔で頷いた。
三日月宗近はとても美しい。それこそ私が触れるなんて畏れ多いほどに。だが、宗近はそんな私の気持ちも知らずに無邪気にもこうやってすぐに引き寄せる。

「姫乃」
「なーに」

彼にこうして名を呼ばれて顔を上げたら最後。月の浮かぶ美しい瞳に吸い込まれて私は身動きできなくなる。そうしている間にもう顔を近づけられてあっという間に唇を奪われるのだ。
その後はなんとも簡単だ。流されるがままに布団に押し倒され、彼の下から逃れられないままに気を失い気づけば朝を迎える。
目を覚ますともうそこには何の形跡もなく、彼はいない。私の着物も綺麗に着せられていて、鏡を見ない限りは全てが夢幻だったのではないかと思ってしまう。だが、首筋に残る鬱血痕が現であると訴える。

「……またしばらく髪を結うことができないじゃない」

しかめっ面した自分の顔と首筋を見比べてため息が漏れる。いつまでこんなことが続くのだろう。彼にとって私は一体なんなんだろう、などと考えていた時期もあったがそれももうやめた。答えは単純にして明快、私は彼の主でしかない。それ以上でも以下でもないのだ。

「やあおはよう主、なんだなんだ?今日は元気がないじゃないか」
「あ、おはよう鶴丸。そんなことないよ。ほら、朝餉の時間だから行きましょ」

最悪だ。今1番会いたくない人に会ってしまった。でも彼が悪いわけではない、私の問題なのだ。
鶴丸は大広間へと向かう道すがら、私の隣でずっと話をしている。昨日はこんなことがあった、今日はこんな悪戯をしかけようと思っていると、とても楽しそうに。自然と私もつられて笑顔になるのがわかる。もっとずっと彼の声を聴いていたいと思ってしまう。

「おや、主と鶴ではないか」
「お、三日月。君が誰にも連れられることなく大広間に来るなんて珍しいじゃないか」
「おはよう、三日月さん」
「今日はやけに腹が減ってな。いい匂いがする方へと歩いていたらたどり着いた、というわけだ」
「おいおい……いい加減本丸の間取りくらい覚えたらどうなんだい」
「はっはっは」
「ったく。君もそう思うだろう?」
「えっ?え、あ、そうね」

私を見ている鶴丸は気づいていないだろうけど、今私の目の前の美人は先程までのにこやかな笑顔はどこへ行ったのやら、とても冷めた目で私を見下ろしている。背筋が寒くなった。
大広間に入ろうと三日月宗近の横を通り過ぎようとした時、彼は私に囁いた。覚えておけと。それはきっと今晩も訪れるということなんだろう。私はどうして鶴丸も一緒にいるときにそういうことを言うのだという批難を込めて三日月宗近を睨むだけで精一杯だった。
それから鶴丸は知らないようだけど、彼は本丸の間取りなんて覚えているし、自らをじじいだと演出しているだけの非常にずる賢い男だ。いや、恐らく後者は知っているかもしれない。それでも彼が私を守ってくれるわけもないけれど。

「なにゆえ鶴が好きなんだ」
「答えたくない」

予想通り夜更けに私の部屋を訪れた三日月宗近は珍しく私を押し倒そうとはしなかった。ただ、私の背後から優しく抱きしめてそんなことを聞くから調子が狂ってしまう。顔は見えないが耳元で囁く声色はとても寂しげだった。

「ではなにゆえに俺を受け入れるんだ」
「……それは、宗近が唯一知っているから」
「姫乃の好いてる男をか」
「そう……私は、鶴丸には知られたくないの。私の気持ちも、今こうして宗近といることも」
「俺といることを隠すのはまだわかるが、なにゆえ好意さえ隠す?鶴も姫乃のことが――」
「待って。それ以上は言わないで。聞きたくない」

くるりと腕の中で後ろを振り返る。そして、そっと三日月宗近の頬に手を添わせると彼は甘えるように目を閉じて私の手のひらに擦り寄せた。眉尻が下がり、美しいその顔は悲しそうだった。

本当は気づいてた。三日月宗近も鶴丸国永も私に好意を抱いていてくれたことを。私は、鶴丸が好きだったけれど、両想いであったとしても、何も望まなかった。だが、私を欲した三日月宗近を一時の気まぐれで受け入れた。その結果がこれだ。
私は、三日月宗近を傷つけた。
贖罪というわけではないけれど、私は現状鶴丸よりも三日月宗近を贔屓し、大切にしている。けど、心はずっと鶴丸のことしか見ていないのだ。

「宗近、すきよ」
「姫乃……」

うわべだけの愛を囁いて三日月宗近に口づける私はきっとこの美しい男よりも遥かにずる賢い女だと思うのだ。


月に恋した気になって


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ありがとうございました!




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