君が僕と出逢わなければ


たとえ話をしよう。
そう前置きをして僕が想像した今とは違う環境で出逢った僕らの夢物語を話せば、現主であり恋人の姫乃はそうそれはいいねと微笑んだ。それが幸せな話であろうと悲劇であろうと。

不思議な人だとは思ってた。主だと偉そうにすることも、僕らを神だと崇めることもなく強いて言うなら僕らに興味がないようなそんな素振りをする人で。下手をすれば自分自身にさえ興味がないんじゃないかと思うほどに危ういところがあって。僕はどんどんそんな姫乃に惹かれていった。
初めはそれこそ取り合ってもくれなかった。好きだと伝えれば、人間の真似事もそこそこにしないと貴方が汚れてしまうかもしれないよと滅多にしないというのに神として窘められて。
何度も何度も試みて、ようやく取り合ってくれた時には本当に嬉しかった。でも姫乃の答えは私なんて何の価値もないそこら辺に転がってる小石のような存在よと冷めた視線を向けられただけだった。

人間らしくない姫乃と人間に近づきすぎた僕がこうして恋仲となったことはある意味当然だったんじゃないかと思ってみたりすることもある。
姫乃の足りない部分を僕が補ってあげられるんだ、これ以上に幸せなことはないと思う。
でも鶴丸さんはそれは変だと言っていた。それじゃあ僕が姫乃に何も与えられていないじゃないかと。僕はそれでも構わないと思うけど、それはおかしいのだろうか。

「そうね、おかしいんじゃないかな」
「えっ?姫乃までそう思うの!?」
「うん。だってそれって恋人じゃないでしょう。よく分からないけれど」
「うーん、じゃあ恋人ってなんなんだろうね」

身体を繋いでも、心を繋いでもどこか満たされない部分があるのはなんとなく感じていた。でもそれが何かわからなかった。
姫乃も手を顎に当て、考える素振りをした。

「想い合う男女かしらね。月並みなことしか言えないけど、ただ側にいるだけで幸せだと思えるそんな相手ってところかな」
「じゃあ姫乃は僕の恋人だね」

そうだね、そう返してくれると思って笑って言ったのに姫乃は表情を変えずそっと口を開いた。

「たとえ話をしましょう」
「今日は君がしてくれるのかい?」
「ええ。もしも私が、そうね……例えば鶴丸とも光忠と同じような関係だったとしたら、貴方はどうする?」
「笑えないね。鶴丸さんを折ってしまうかもしれない」
「そう。それはどうして?」
「君を愛してるからに決まってるじゃないか」

無意識に視線が鋭くなっていた。胸の奥がぐつぐつと沸き立つ感覚がする。
もし姫乃が鶴丸さんじゃなくてもいい、他の男の腕の中で僕だけしか知らないはずの表情をしているのを想像するだけで気が狂ってしまいそうだ。
そんな僕を見て姫乃はほんのり微笑んだ。

「何笑ってるの」
「笑っていたかしら?」
「うん。姫乃だって僕が他所の審神者とそんなことしてたら嫌だろう」
「許さない。光忠が私以外を見るのは許さないわ。だって貴方は私のものだもの」

微笑みから一転、冷ややかな視線を送る彼女に少しほっとする。少なくとも僕は姫乃に愛されているらしい。
そこではっとする。ああずっと感じていた、違和感はこれだったのか。

「ねぇ姫乃」
「なに?光忠」
「僕のこと好き?」
「もちろん」
「愛してる?」
「もちろん」
「じゃあ、自分の口で言ってみて」
「ええっ?恥ずかしいわ……」
「いいだろう?今まで一度も言ってくれたことないんだから」

珍しく視線を泳がせて狼狽える姫乃が可愛くてもっと意地悪したくなってくる。
さっきまで渦巻いていた醜い感情もどこへなりを潜めたのか、今は愛おしさだけが溢れる。

「ほら姫乃、言って?」
「今日はなんだか意地悪なのね。言わなくても分かってくれているのでしょう」
「もちろん!でも今日はちゃんと姫乃の言葉で、姫乃の口から聞きたいんだ」

ニコニコニコニコ。姫乃は僕の笑顔に観念したようにそっと恥ずかしそうに視線をそらしてぼそぼそと呟く。

「光忠……よ」
「聞こえないよ?もっと聞こえるように言ってよ」
「〜っ!もう、恥ずかしいの!」
「おっと」

どん、と勢いよく抱きついてきた姫乃を受け止め、そっと宝物を抱きしめるように腕をまわすと姫乃がぽつりと耳元で囁いた。

「大好きよ。愛してるわ光忠」
「ありがとう!僕も姫乃が大好きだよ」

ぎゅうっと姫乃がさらに抱きつくからもう愛しくてたまらない。僕の胸元に顔を埋めて真っ赤になっているだろう顔を隠すのも姫乃らしくて可愛い。

「姫乃、たとえ話をしよう」
「こんな時になに?」
「もしも――」

君が僕と出逢わなければ

どうなっていたのかな?と言ったら姫乃はくすっと笑って、そんなことはありえないわと自信満々に言うから笑ってしまった。

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